7/18の日記

週に4日しか働かなくていいと、ほんとに?いいの?すみません………という気持ちになる。

 

きょうはそれなりにいいことがあった。

 

昼に行ったおにぎり屋さんの店員さんが愛想が良かった。お茶をタダでくれた。

胃の調子がよかったらお惣菜も食べたかったけど、なぜかまた胃腸炎みたいなやつがきてるからやめた。もう胃腸炎に関しては飽きすらきてるのでやめてくれ。

 

社外での打ち合わせは滞りなく終わった。

 

夕方に偶然同期とすれ違い、最近は遅いみたいだけど大丈夫?と言われた。22時過ぎまで仕事した日があってそのことに気づいてくれていた。彼の方がずっと過酷で忙しいのに優しいと思った。軽率な女なのでときめきそうになった。

 

わたしが去年作った社内業務のフローが活躍しているという話を聞いた。去年、これもまた胃腸炎を二回もやりながらつくったフローなのでありがたみを感じた。もう二度とやりたくないくらい孤独でぎりぎりのスケジュールだったが、役に立っているなら吐きながら仕事した価値も多少はあろう。

 

定時間際に外出先の上司から、今日戻る必要ある?仕事大丈夫?と電話がきた。この人はふだんこういう心配をしてくることが全く無い。わたしが目の前でネットサーフィンしてたとしても別に気づかないレベルであまり興味がなさそうに見える。今週突然わたしの仕事に関心を持ち出したので驚いている。素直にありがたい。会社にいると果てしなく孤独な気持ちになる。

 

19時に退勤したがフロアは軽く半分以上残っていて本当にこの会社はだめだと思った。このフロアは、か。

 

 

彼氏が温泉に行きたいというから温泉地を調べるのが日課のようになっているが、温泉に全く興味がないことに気づいた。家の風呂との違いがよくわからないのだ。まあ、広いとか熱いとかはあるけど、疲労回復感でいったときに温泉に入るとハッピーかというとそうでもない。わたしの温泉行きたいは、東京より自然が多いところに行きたいと同義だった。それより新しくて綺麗でギラギラしたホテルの方が好き。

 

そう考えると旅行の目的もぜんぜん合わない。これは大抵の人と合わないが、わたしはなにもない住宅地を歩いているときが一番楽しい。倉敷に行ったときも美観地区よりその周辺の住宅と、突如現れたスーパーの方が盛り上がり度が高かった。こないだの仙台も、雨の瑞鳳殿はそれは良かったが、それよりも瑞鳳殿から地下鉄の…名前は忘れてしまった駅まで歩く間の何もなさの方が興奮した。

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傾斜がすさまじい瑞鳳殿。うつくしいあじさい。

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雨で靄がかかったような、溶け込めそうな。

 

たぶん、そこにいる人の生活を感じたときにしあわせだ、と思うのだ。わたしの知らないところでこんなにも生活が繰り広げられている、ということそのものが、わたしを台東区荒川区を行き来するだけの日常から解放してくれる。

温泉地というのは温泉地だけあって生活がないことが多いから、あまり好きじゃないのかも。瑞鳳殿そのものより、瑞鳳殿に上がっていく坂道の途中でみたマンションのほうが興奮した。

 

生活するように旅をしたいわけじゃなくて、仙台行ったらやっぱり牛タンは食べたいんだけど、町歩きの間はなんとなく、地元民ヅラをしたくなってしまう。これは東京で知らない街を歩くときもそうで、わたし迷子じゃなくて計画的に歩いてるんです感を出しながらよく迷子になる。なんだかそのほうが時間を良い意味で無駄にしてると思うのだ。

 

短めに書こうと思ったらそこそこの字数になってしまった。

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逃げるように勾当台公園に行って、飲んだワイン。

 

 

わたしはいいから他の人には言うなよ

インスタグラムが好きだ。

正確に言うと、わたしがつくったわたしのタイムラインが好きだ。好きなものしか流れてこないから好きだ(あたりまえ体操)。

 

そのなかでも、りゅうぺこ夫婦のアカウントが好きだ。お互いがお互いにいいねしてるところとか、素直にいいなと思う。ぺこちゃんがりゅうちぇるのユーチューブの宣伝してるのも良かった。

 

ぺこちゃんは、年下なのに?すでに母であり、既婚者であり、びびりがとまらないのだが、その上、アンチに対する対応もソークール。太ったと言われようが自分は気にしないが人には言うなよスタイルを貫き、ストーリーズに文字投稿。連続してりゅうちぇるとの夫婦写真。もう、非の打ち所がない。めちゃくちゃ尊敬できる。マジリスペクト(書くほど薄っぺらいけど、本気で言ってます)。

 

わたしには何言っても良いけど他の人には言うなよっていう態度、言葉通りに取ることはけっこう難しい。わたしもよくセクハラされたときに言うけど、ふつうに自分も傷つくので。血の涙を流しながら言う感じ。ぺこちゃんは爽やか、当たり前のことみたいに発信する。産後太りと言わず、わたし、ふつうに太ってるよ、と。でも他の人が(ぺこちゃんのファンや、産後太りで本当に悩んでる人ってことだと思うけど)悲しくなるようなことは言わないでほしいって、しっかり押さえるところを押さえていて、ハァ〜!!!!これが社会性!!!って感じ。社会人になれば社会性身につくかなと思ったけどそんなことなかったね。

 

この態度、渡辺直美にも近いものを感じてて、渡辺直美シュウウエムラのコラボの広告が良すぎる。

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これなんですが。

実際にガラスの前で撮ったらしい。これもインスタグラムで言ってたけど、わたしにしかできないって。フォワ〜〜〜!!!言ってみたい!!!って思った。すげー。素直にすげえ広告だと思う。欲しい。この色も欲しいけどもっと赤いやつも欲しい。

 

 

ふたりとも人前に出る仕事だから、わたしはわたしでーす!!!!って感じがより大事なんだろうけど、それは同時にこの均質社会では叩かれるってことでもあって、その覚悟を感じさせないで、でもうまくアンチを避けながら発信してるの、これこそ才能なんだろうなあ。

 

前から思ってたけどふたりのことより好きになったなあ。強い女ってこういうこと。

病めるときベースで愛せるか

大好きなアルテイシアさんがよく言っている。夫婦とは50年の共同生活、病めるときベースで愛せるかどうかだ。

この言葉は常に頭にあって、本当にその通りだと思う。ふだんからよく書いているように、病めるとき(躁っぽいときも含む)にはパートナーの存在そのものを否定しがちなわたしである。自分が病んだときに相手を否定しない、相手が病んだときに相手を否定しないということが、いかに大事で難しいかよく考える。

 

今週行けないかも、と言っていたパートナー氏は、日曜の夜になって来た。わたしが作った料理を食べ、弾丸仙台旅(この話は機会があれば書く)で買ってきたワインを少し飲み、21時にもう眠いと言って寝た。わたしももう眠い寝ようということはしばしばあるが、さすがにシャワーも浴びずソファで何時間も寝ることはない。しかし本人も言うように慣性の法則が強く働いている氏のこと、全く起きないのでわたしも早めに寝た。

 

早朝に起きシャワーを浴びた氏は少しは元気だったが顔色がそこそこに悪かった。わたしはこういうことにイライラしてしまうのだ。性格が悪いと言われればそれまでだが、セルフマネジメントしてくれと思ってしまう。自分は食中毒とか起こしてんのにね。

トイ・ストーリーを観に行ったが、その道中も調子が悪そうなので厳しければ帰ってくれて構わないと何度も言った。あなたが風邪を引いたら俺は優しくするけどあなたは厳しいのねと言われた。おっしゃる通りであるが、わたしは体調が悪いときは一人になりたいかもしくは医者としか会話したくないので人には会わない。

 

結局、御茶ノ水エチオピアでカレーを食べて氏を見送り、定期券内である御徒町まで歩いて戻り家に帰った。御茶ノ水から電車に乗ってもそうお金はかからないが、椎名林檎を聴きながら歩かないとこの感情が治らないと思ったからだ。肝心の椎名林檎は、Bluetoothイヤホンの不調により途切れ途切れだった。これ、どうにかならないのか。

 

体調が悪い人間に、悪い悪いと言われてもわたしに何ができるかわからないので、こうしてくれと作業指示をくれるのが最も良いと思っているのだが、これは仕事と同じだと思った。わたしはやることが特に指示されていない日は異常にやる気がなくなり落ち込むのである。眠いとか言われたときも同じだ。自分にできることがないのにこの人の隣にいて意味があるのだろうか、早めに帰してあげる方が良いのではないかと思う。そして、その方が絶対にいい。

 

氏とはこれからもできる限り、いい感じの関係を続けていきたいと考えているが、そのためにはお互いの調子があまり良くないときも含めて、対等に接し続けなければならないのだった。これは義務だ。愛情とかそういう柔らかいものではカバーできないとわかった。お互いを常に思いやることは、義務だ。

そもそも、氏が調子悪かったのは、うちの室温含めコンディションがあまりよくなかったことと、氏が服も着ず寝たことと、氏の仕事的に話している時間が長く喉をやられてしまったことと、氏は仕事上愚痴をいうなどでストレス発散できる環境がないこと、そういう複合的な原因があったからで、セルフマネジメントなんていう簡単な話ではないのである。頭ではわかっている。わかっていても実際に体調が悪そうな人を見ると、罪悪感も含めて、すぐ怒りになってしまう。

これは、体調が限界でも働き続ける推しを見ているときと同じ感情だ。やめてくれ、無理しないでくれ、という気持ち。推しは眼前から去るので、彼が厳しそうな状況はある意味もう見ないで済むのだが、氏とは付き合いが長くなるかもしれず、なによりこの一件でどちらかがどちらかを捨てたとして、病めるときベースで愛せるかという問題はわたしの中に残るのだ。

 

きょうはトイ・ストーリーの感想も書いており、iPhoneを見つめすぎて気分が悪くなってきたのでこの辺でやめにするが、また大きい問題にぶち当たってしまった。つらい。

82年生まれ、キム・ジヨン という小説を読んだ

人はにわかに信じがたいテキストと対峙したときに、自らの想像力の欠如を呪うより先に、これはフィクションなんじゃないかと思ってしまうようである。

 

中村淳彦(あまり書かないが好きなライターの1人である)さんが名前のない女たちなどで取材した貧困女性について、こんな話ありえないという非難が殺到していて、それに対して中村さんと編集者の方が反論する、という東洋経済の記事を昔読んだことがある。追い込まれて人生の手段、岐路を失った彼女たちへの想像力より先に、ここまではありえないだろう、という気持ちが働いてしまうことは、良し悪しは別にして理解はできる。ある意味、こんなにも近くにこんなにも喘いでいる女の人たちがいることは、アフリカの可視化されたスラムよりもっと、信じがたいことだからだ。

 

この小説を読んだときに、これは小説なのでまた話は別だけれど、こんなことがあるはずかない、こんなに世界がひどいはずがないと思ってしまった。

主人公、というかタイトルに出ているキム・ジヨンが、あらゆる場面での男女差別を引き受けながら(ある意味内面化しながら)生きてきて、33歳になって結婚して子どもを持ち、育児ノイローゼでおかしくなってしまう、簡単に言うとそういう話なのだが、そこに描かれている男尊女卑エピソードがいちいちえぐすぎるのだ。この小説が韓国でかなり評価されたということは、これに近い経験をしている人がそれなりの数いるということで、それだけでも頭が痛くなる。

 

わたしの中で衝撃だったのは、盗撮の一件である。キム・ジヨンは結婚と出産を機に仕事を辞めるのだが、その後彼女が働いていた会社では盗撮騒動が起きる。警備員がトイレに盗撮機を仕掛けていたのだ。そして、その写真をアップロードしていたアダルトサイトが従業員に見つかる。そこで酷いのは、男たち(他の社員たち)がそれらの写真をシェアしていたという話だ。当然、彼らも取り調べを受けるわけだが、自分がアップロードしたわけでもないのになぜここまで責められるのだという態度だったという話。もう、なにから書いていいのか気が抜けてしまう。

 

80年代のキム・ジヨンの幼少期ならまだしも、これは現在から見てもせいぜい5年くらい前の話である。21世紀である。21世紀にもなってこんなリテラシーなのだ。当たり前なんてここにはないし、女性が傷つくことへのシンパシーはないのだ。分かり合えないことからこの世の中が始まるとしても、わかり合うつもりがないのなら、もう、絶望するしかない。

 

性別ってそんなに大事だろうか?そんなに、人生の選択肢を決めてしまうようなことだろうか?そんなことを考えた。一般的に、男性の方がこの世では強いことになっているが、それは何故だろうか?肉体的な強さが生き残りの優位さにつながっていた時代ならまだしも、いま多くの労働は頭を使う労働で、その点で男だろうが女だろうがそれ以外だろうが、ステージは平等なはずなのだ。

なにか、科学的に男性の方が優位である(会社経営に向いてる頭脳だとか)と証明されたとして、それでも納得できるわけではないが、それにしても何の根拠もなしに男性は世の中の上位に立っている。これは女の努力不足だろうか?しかし、作中でもあったように、がむしゃらに、男性社会に男性的に馴染もうとして働く女性は、後進から見るとあんなのは無理、ともすれば恐ろしい存在になってしまうわけで、ただ単に男性的に馴染めばいいという話でもない。セクハラの許容もそうだ。先輩としては我慢して許容したにせよ、後輩からしたらこの人は男性側なんだ、となってしまっても仕方ない。

女は、女として生きようとしても、しなくても、地獄だ。

 

それでもわたしは絶望したくないし、全世界のキム・ジヨンたちが幸せになるよう願ってるし、そしてわたし自身も女のまま幸せになりたい。

 

 

SHOW BOY という芝居を観た 他

<書いている間に寝落ちしたので日付がずれてますがそのまま投稿します>

 

日記として感想を書きます。

 

火曜日に連絡網をやらされてから、昨日までずっと小さなことでイライラが続いていた。ある程度の年齢以上の人たちって、とあえてくくってディスるけど、連絡することそのものに価値を置いてるんじゃないか。連絡という行動、その内訳はツイートするのと変わらない、親指でペコペコやるだけなのに、その行為に対する意識の高さが異常。ディスコミュニケーションを減らすためにはみんなが同じ言語を使ってる方が良くて、それが無理なら翻訳して伝言ゲームするみたいなのさっさとやめたほうがいいと思う。teamsとかslackでほんと、済む話なんですよ……………。

昨日もまじでイライラしてて、彼氏から今週行けそうにないって連絡きたときもキレそうになった。べつに来ないからどうとかないけど、3連休の予定がまるでなくなってしまったので。悲しみが即、怒りに変わった。文字コミュニケーションでそれを表に出すと怒らせてしまいそうだったのであえて冷たく返したけどふつうに冷たい女だと思われただけだろう。

 

婦人科に行ったけどわざわざ会社を中抜けしたのに、べつになにもする必要はないと言われて終わった。4ヶ月くらい通ったのになんだったんだ。こっちは不調を感じて行ってるのに、なんなんだ。良かったのか?

 

そんなわけできょうちゃんと楽しみ切れるか正直不安だったが杞憂であった。

 

ふぉ〜ゆ〜の名前は知ってて、というのも今回誘ってくれた友人がオタクなので布教されてて知っていた。テレビがないのでどれだけ活躍されてるのかわからないまま、事前インプットがないぶっつけ本番だったが全く問題なかった。いや、オタクからしたらメンバーの顔と名前くらい覚えてこいよって話だと思うが、少なくとも観劇の上では問題なかった(友人はあまりに優しいので、劇中の役名で話をしてくれた)。

SHOW BOYというミュージカル、話としては王道、というかあまり新奇性はない。登場人物が多く視点がこまめに変わるので、1回だと情報が整理しきれない感じがあったけど、伏線を回収しきらず、ふつうに観ても面白かった。最近、スポーツ選手とかアイドルとか身体を使った職業すげーなという気持ちがさらに増してるんだけど、さすがアイドル、歌えるし踊れるし芝居もできる。観てて不安になる部分がない。安心してられる。ひとりひとりの歌のクオリティはそんなに高くないというか、わたしが好きな感じじゃなかったけど、4人合わさったときの心地よさがユリイカ!って感じだった。このためのこの4人なのかな、とか。

彼らより先にすごい、と思ったのは申し訳ないが神田沙也加だった。勝手に背の高い女性を想像してたけど意外と体が小さくて、でもそれで舞台を駆け巡り歌い上げる体力とキャパシティはマジで惚れた。役柄的にほとんどスーツというか、ベストにスラックスというメンズライクな格好だったのも良かった。女の人が男物を着てるかっこよさ、がなくて、単にかっこよかった。なんていうのか、性別から解放されてる感があってめちゃくちゃ良かった。

 

どんな芝居だろうと終わるときに拍手はするけど、こんなに自然に拍手したのは初めてかもしれなかった。義務としてじゃなくて心から素晴らしいと思って拍手した。3月の愛のレキシアターを思い出した(ていうかあれ、もう3月なの?3週間前じゃなくて?)。

 

終わったあとに前から行きたかったパラダイスダイナシティについてきてもらった。

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有名な。

1回食べたらもういいかなと思った。ちょっと高い。これに限らず全体的に。

 

帰りにパンフレット(わたしが所望したわけではなく、今回のは写りがいいらしいからと買われていた)と、ふぉ〜ゆ〜の映像が入った自家製DVDと、写真を渡された。どんな推しでも写真を渡されたのは初めてだったので驚いたし、狂気を感じた。わたし、ほとんどジャニーズには興味がないのである。それなのに推しの写真5枚入りを渡してくるなんて頭がおかしくなってる。

 

これが愛なのか。

 

と、ここまで書いてプレビュー画面にしたまま寝落ちしてた。そのせいでアラームが平日と同じ時間に鳴り、わりといま機嫌悪い。昼ごはんが美味しくできたので少し回復した。

 

食べ物が家に大量にあって欲しいものもないから今日はひたすら掃除をする。洗面台についてる物置みたいなやつを初めて外して洗った。こういう、普段は気にも留めないものをあえて取り上げることに喜びがある。わたし、細かいところまで気づいてる!みたいな。誰も褒めてくれなくてもこういうことはたまにやらなくてはならない。

これから引き続き断捨離をする。持っているものを全部頭の中で再現できる状態になるのが理想。引き出しを開けたときに思わぬ服とか出てくると、萎える。なんで???と思う。いや、買ってそこに入れたからなんだけど。そういうイレギュラーを限界までなくしたい。

 

 

 

わたしは連絡網じゃない

子どもの頃にあった連絡網という制度、さすがにこのIT社会ではいらないと思うんだけど、まだあるのかな。slackでも、Facebookグループでも、同じようなことができる仕組みはたくさんある。ラインでもいいのか。(わたしにとってラインはあくまで私生活のツールだから、あまりオフィシャルな連絡に使うことが想像つかない。あと、ラインのノート機能が使いづらすぎる)

 

IT業界人なのに連絡網になった。

 

夕方になって突然、上司が明日の打ち合わせ、午後の方がいいんじゃない?と言い出した。午後の方がメンバーが多く参加できそうだったから。

で、まず、午後から来られそうな人に連絡。その人が15時ならオッケーと言うから、きょうもやっぱり休んでた推しに連絡。明日提出の資料のレビューなんだからそんなんじゃ間に合わないですと言われて上司ともう1名に連絡。

ここまで全てをiPhoneのメッセージ機能を使ってやったんだけど、

MS teamsでもslackでも使えば一瞬じゃないですか?!?!?!なぜわたしが全て間に立たなければならない?!?!

謎すぎ。うちの会社、teams推奨されてるのになぜ使わない?????きょう、情シスへの問い合わせチームがあることを初めて知って使ったら便利すぎて泣いた。答える側もこっちの方が断然楽だと思うんですけど………。

 

推しも、なんでお前午後からとか言ってんの?みたいなテンションの返信、さすがに上司がいたらやらないだろうし。こういうちょいイラのサンドバッグになることが多いから連絡網、疲れる。べつに3人に同じ内容送るとかは苦じゃない。他人同士のちょっとしたすれ違いの解消をやらされてる感がめちゃくちゃに嫌。当人同士でやってくれ。俺を介在するな。結果だけ伝えてくれ………。

 

社用iPhoneがなかったときは残業してメール待つしかなかったと思うとまじで不毛地帯。無駄な残業ってこういうところから生まれるのでは?正直同チーム民が帰らないと帰りづらいので定時後の仕事は家でやってほしい(固定給+残業代っていう給与体系が世の中に合ってない。この仕組み残すならPCの起動終了ログと入退室ログで割り出して欲しい。残業時間を正確につけろとか言われるけどつけてる時間も残業だから………)。

 

推しがもうほとんど来ないから連絡はメールか電話かメッセージなんだけど、べつにもう有休消化のつもりならあらかじめ休みますって言えばいいのに、毎日朝に連絡するから出社してから予定が狂う。きょうあれ確認しとこう、とか、あるじゃないですか。わたしは社内メールと内線がこれまた死ぬほど嫌いなので、社内の人間は口頭以外で連絡してこないで欲しい。クソだるいわ。社内打ち合わせの議事メモとか送ってくるやつ、なんなんだ。いや、大事なのはわかるけど。それもメモ帳ベタ打ちをメール添付、みたいな旧時代すぎるやり方はやめて、せめてクラウドストレージで共有、ないしはteamsにファイル貼ってくれてもいいけど、もう物理的な連絡はなるべくしないでほしい。

 

チャットコミュニケーションに慣れてるからteamsとかslackのほうがやりやすいって思うけど、メール主体の人からしたらメールの方がやりやすいのかな。証跡残るし、みたいな。べつにビジネスコミュニケーションツールだって履歴残るけど。まあ、teamsは会話のログをデータで外部に残したいときちょっと弱い。

 

こういう問い合わせメールとか進捗報告とかけっこう工数食ってるし無駄だと思うんですよねー。最近boxにタスクを追加できる機能が加わって、複数人で編集してるファイルならめちゃくちゃ便利になるやんと思った。ただ、メール通知がオフにできないから、いちいち更新されるたびうっとうしいけど。メール通知は来ないけど、box開いたときに通知欄が分かりやすく表示されるとかないのかな(boxはUIがかなりシンプルで落ち着いてるから通知が来てても気づかないことがある。馴染みすぎてて。)

 

クソコミュニケーションについて考えてたら苛立ちがガーッと急上昇してさらに不毛感半端ないので、まずは明日teams使いませんか?から始めよう……。2年くらい前からずっとteams便利だよって言ってんのに誰もわかってくれねえ。

 

 

赤羽に住むbot

また彼氏が2泊したので、洗濯物だけが積み上がった。2泊されると、一緒に居られる時間が長くて嬉しい気持ちと、早く帰ってくれという気持ちで挟まれる。と言ったら、じゃあ一緒に住むなんて無理だね、と言われた。

 

土曜の深夜、もう完全に日曜といえる時間帯に終電で来て、酔ったままわたしに何か言って、しがみつかれるのを引き剥がそうとしたら足元で寝ていて朝になっていた。

前に書いた犠牲ポイント(わたしばっかり色々やってあげてるという気持ちになって犠牲になった感を感じてしまうこと)を稼いでしまう癖を治そうと思って、わたしのベッドで寝る彼氏を横目に部屋の電気をつけて、仕事をして、洗濯をして、掃除もした。案の定全く起きなかった。起こさないように気をつかうことそのものが無駄だったわけだ。当たり前だけど自分の家なのでふつうにやりたいようにやることにした。

 

日曜は赤羽に行った。わたしが赤羽に行くと高確率で雨が降る。

赤羽限定の雨女。

 

赤羽が好きだ、というと、赤提灯系のお店が好きなのか、とか、そう思われるわけだけど、わたしはどちらかというとバルとかバーとかの方が好きで、ビールケースをひっくり返して椅子にするとか、立ち飲みとか、狭い店(特に外から客席が丸見えの店!)は正直苦手である。さすがに、昼のみの聖地、まるます家はすごかったけど、また行きたいかと言われるとそうでもない。

赤羽の何が好きかというと、飲み屋街でありながら住みやすさもアホほど高いところ。住みやすさがすごすぎて、表現する言葉がない。西友ダイエーの東口、イトヨーだのアピレだのの西口、文句なさ過ぎる。こういう住みやすさの点では、東の北千住に圧倒的に勝ってると思うわけです。北千住は、マルイとルミネがある点で勝利。でも赤羽、池袋、新宿、渋谷、上野全方位に近いのでべつに困らない。悔しい(北千住文化圏に住んでる人間として)。

 

練馬区出身で、いま荒川区民だから、もうこれから北区民になっても、生粋の北区民になることはできないのがめちゃくちゃ悲しい。北区赤羽に生まれたかった。もう、子を産んでこの夢を託すしかねえ(?)

 

一人暮らしするときにもちろん候補には入れてたけど、街の特性上、一人で住むには孤独すぎる。一人飲み、できなくはないがべつに好きではない。だったら自炊して家で食べるわ〜となってしまう。赤羽は人と住むところ。

なので、彼氏に激プレゼンしまくった。東京の西側出身者には親近感あってめちゃくちゃ響く街だと思うんだよね。けっこう響いていたようで良かった。もうわたしは赤羽に骨を埋めたさしかない。

 

深夜に暑いのにしがみついてくるのを嫌がりながらふと思ったんだけど、わたしは自分の価値を正社員維持に置いてるので、この先生きててもとくに何も起きないはず。まあ、会社の中での色々はあるけど、会社というものそのものを離れることってたぶんない。

で、その対極にあるこの酔っ払いをみたときに、あ、この人の人生の目撃者になったら超面白そうじゃん、と思った。ふつうに危険な考えだし、考えなしだけど、そのうえで、うわー!結婚したさ!と思った。人生に何かを巻き起こそうとしてる人に関われるの、面白さある。

二人分養うための給料なんて全くないけど、お金のことはわたしがなんとかするとして、この人はやりたいことをやって欲しいなー、そのための支援ができたらいいなーと思った。夢追い人になれなかった人間はどうしたらいいんだろ、とずっと悩んでたけど(世の中、サラリーマン終身雇用が崩壊しそうだからってあまりにサラリーマンはつまらない感ありすぎでは?)、単純に他人の夢を応援すればいいのであった。

 

ま、これを他人に言うと、ヒモを飼うなと言われてエンドですよ。

 

彼氏にはちゃんと夏休みがあるので、うちに来てご飯作って待っててくれるらしい。激萌えかよ。IT業界は夏休みないので、わたしはお盆もふつうに仕事です。みんな休みとるけど、今年は無理だなー!

 

きょうも推しは休みだったのでほとんど誰とも会話しないで過ごした。退勤するときにこんな早く帰っていいのか罪悪感があった。

夜ご飯に、トマトとモッツァレラチーズのパスタを作った。ほかになんかいらないと寂しいかなと思ったけど充分だった。なにより、トマト缶じゃないトマト、おいしい。トマトは冷凍すると汁気がなくなって扱い楽になる。ちょっと切るのが大変で怖かったけど。味付けはにんにくだけで、煮詰めてチーズ入れて麺を入れるだけ。簡単かつそこそこ映える。ひとりだとあんまり食事に気を遣わないけど、そんななかでおいしいものができると嬉しい。

 

今週やばいわー、ってずっと思うようにしてるけど、べつにやばくないときが多くてハッピー。電車はめちゃくちゃ混んでるから、世の人そんなに残業してない疑惑ある。