わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

腹が減ってもいくさに出ないと

仕事をしていると毎日なにかしらミスをするけれど、血の気が引くような大規模な失敗は流石にそうは起こらない。会社という仕組みの中である程度甘やかされているから。

だから大不幸にはならない。なれない。

 

2週間くらい早く帰れていない、それ自体大したことではないけれどその原因はわたしの至らなさであって、きっとわたしじゃなかったらもうすこし早く仕事が終わる。

おととい家電を買いに行った時につかまった通信会社の女も若かった。新人だと思う。だから2時間も拘束された。仕事だったら1時間のわたしの稼働がいくらになるのか考えてその損失に愕然とした。

 

時間は神である。

 

大好きだった先輩が辞めた。会社を綺麗に3.5年で去った。後輩に依頼されて寄せ書きを書いたが今の寄せ書きは進んでいて紙に書くのではない。データを入れて写真を貼り付けると出来上がる。

仕事を辞めること自体は不幸ではないにせよ、仕事を辞めたいほど不幸な気持ちになったんだと思った。それか、見切りをつけたのか。

置いていかれたような不思議な気持ちになった。そしてすこしだけ申し訳ない。

 

原因はなんでもいい、それにしても胃と腸が荒れている。最近頭の欲望に体の欲望がついていかなくて、食べられそうと食べられるの間に大きな溝があって、食べられるとおいしかったの間にも溝がある。しかし痩せないしむしろ見た目は肥え続けている。困った。手を打つのも面倒なので去年と同じようにまた最高体重を記録する。

自分の見た目は心底どうでもいい。

 

小さなミスの集合によってすこしずつ生活がずれていく。先週よりも退勤が遅い、それなのに進捗は遅れている。もともと無理したスケジュールではあったが。自分の能力を過信していた。

まだ若いし難しいよね、と言われるのが嫌いだ。あまり仕事のクオリティが高くなかった時に。年齢とか経験と仕事の質はもちろん関連するが最初からセンスがない人にはない。日頃からセンスの話をする上司が経験がどうこうと言い出すときだけ苛立ちが沸き起こる。

好きと得意は違う。わたしは仕事は好きだが楽しくも得意でもない。ただ目の前に与えられた分を与えられた時間で終わらせるだけ。うーん、ちょっと超過している。

 

なんとなく、小不幸が続く。仕事に嵌っている。熱中しているという意味ではなくて、絡め取られている。身動きが取れない。

がむしゃらになって、成長!みたいな気持ちでもない。静かに沈む。早く帰りたい。

 

家で本当に自由な時間は1日30分くらい。世の大人なんてそんなものだろうけど、みんな偉い。偉いね。

 

もうこの人には会うことができない

7月くらいから一人暮らしについて何度か書いたが、ついに契約をした。なんてことのない、1kのマンション。

一時はなぜ家を出るのか?という哲学と瞑想と、さらに内見の暑さに耐え難かったが、なんとか落ち着いた。もう、ここからはやってみないとわからない。

不動産屋が強烈な個性のある人で、色々手配してもらってありがたかったが、そういったことへの感謝以上にもうこの人に用はない、しかもお互いにないことに対して急速に寂しくなった。お互いに、2年間は会う必要がない。わりと頻繁に連絡を取っていたのに、もう、まったくの他人である。最初からまったくの他人だけれど。

 

そう考えながら帰宅したらなぜかセンチメンタルになってしまった。初対面の時は本当にこの人で大丈夫なのか、やっぱり大手に行くべきだったんだろうかという迷いがあって、だからこそ、いますこし寂しい。

 

話は変わるけれど、金曜日は深夜まで飲み会だったので、今日起きるのがそうとう辛かった。その会は毎回初対面の人がいるし、絶対終電間際まで飲むし、ビールはサーバから直接注ぐし、ほんとうに楽しい。23時を過ぎてから食べる杏仁豆腐の美味しさ。

 

でも、フェミニズム警察なので、会話の端々が気になってしまう。メンバーはみんな好きな人たちだし、そんな目くじら立てるほどのことでもないのに、なぜか酔っ払いながら帰る電車でもずっとぼんやりと考えている。

 

たとえば、最初に雰囲気が変わったね、と言われた。たぶん、パーマをかけたし髪がだいぶ伸びたからだと思う。その後、飲み会では定番の恋愛の話になって、ここにも何度か書いたけどたまに飲んでる同期の男の子の話になって(飲み会のメンバーは他社の人なのでみんな直接知ってるわけではない)、恋愛してるから雰囲気変わったんだね、いいねと言われた。

脱毛の話の時に書いたけど、わたしが自分に金をかけるのは自分がすこしでもましでいたいからであって、周りがどう思うかなんて真実どうでもいい。パーマをかけてより悪くなったと言われようがわたしにとって今の状態が昔より良ければそれでよくて、それに恋愛とかなんとかほんとに関係ない。相手の男がどんな女を好きなのかも知らない。どうでもいい。わたしは彼のことそんなに好きじゃない。ごめん。

こんなこと言うともちろんめちゃくちゃになっちゃうから言えなくてこうやってインターネットに書くしかない。ごめんけどほんとに恋愛に興味はないの。

 

両隣に初対面の人が座っていて、右隣は既婚者の40代男性だったのだけど、雰囲気はわりと好みだった。飲み会得意のキャバ嬢モードでずっと微笑んでいたらかわいいね、と言ってくれた。うそでも、キャバ嬢に対する評価でも嬉しい。でも、若い女であることを使ってしまったことに対する罪悪感は大きい。いつもそこに挟まれる。期待されてる部分をお届けしたい気持ちと、お届けした後のもやもや感。もっと顔が可愛くて可憐な感じだったら、逆にざっくりしてたほうがモテるんだろうなあ、とか。

 

モテってなんでしょうね。

 

心の底では誰かに甘えたいんじゃないの、と言われて、誰にも甘えたくない人なんているのか?とまた、ひねくれ思考が走った。もちろん口には出さないで、当たってるかも………!と相手を占い師か何かみたいに答えておいた。

みんなやりたくもない仕事を週に何日もさせられて、甘やかされたいんじゃないのか。だからこそ、弱音吐いてる場合ではない。それこそ、その同期の男の子に仕事の話をしても、彼の方がわたしより何倍も残業してるし怒られてるので、ただの不幸自慢になってしまう。おいそれとは言えない、そしてこれはインターネットに書くことでもないので、いつも心に秘めている(インターネットにも書くけど、それはほんのほんの一部でしかない)。仕事が嫌なんて、自分一人の孤独なんて、てめえで片付けろよ、と思う。

 

親密すぎる他人が必要な理由なんて、そんなにない。だからそんな恋愛を人生の必須科目みたいに言わないで欲しいし、恋愛しなくて単位落としたって、べつに人間は卒業しなくていいから。永遠に留年する。

 

好きな人たちと根本的に思考が違うと絶望するけれど、確実に向こうから見たわたしの方が偏屈なので黙っている。とやかく言ったら逆ハラスメントだ。世の中が変わってくれなくてもいい。ただわたしは格安キャバ嬢(会社の飲み限定)を極めるだけ。

 

 

やりたいこと100

世の中にはさまざまなコラムサイトがあって、その周遊が趣味の一つである。その中でも意識高い系cakes(伝わってないと思うけどものすごく褒めてる)は、やまもとりえさん、まきむぅはじめ何本か楽しみにしてて、その中でもスイスイさんのメンヘラ・ハッピー・ホームが一番好き。だいすき。お盆で更新がなかった時は狂いそうになった。

スイスイさんの文章は、並走すると思う。同じお悩み相談系だと、めちゃくちゃ辛口なフェル先生も面白いし、cakes以外ではDJあおいとか有名どころはあるけど、どれもわたしはそんなことで悩まねえけどな感がする。まあ、悩んじゃったら相談になりませんけども。

敬愛するカレー沢先生も悩み相談してるけど、あれは完全にエンタメ。どこまで笑えるか。カレー沢先生の言葉の使い方に唸るための連載。キノノキでやってる、隔週金曜日。

 

スイスイさんは、悩みを悩んでくれる、いや、実際は知らんけど、わたしもものすごく考えて書いたよ!って感じがして好き。だから、自分に関係のなさそうな内容でも読むようにしてて、そこにヒントがあったりする。

 

 

最近のこれは、相談者の男の気持ちはまったくわからなかったけど、いつもスイスイさんが言ってるやりたいことを100個かけというのの意味がわかった。たしかにね!

そして、この男が椎名林檎のライブって書いてて若干引いた。こんなこの世の成功者みたいな人が来られちゃったらどうすんだ(?)

 

ということで、わたしも書いてみよう。前書いた50万円あったらやりたいこととかぶるけども。

思いつき次第追加することにします。ので、ぶつ切りの記事になってます。

 

1.肌を綺麗に。凹凸のない肌が欲しい。

2.一人暮らし。

3.長野県に行き尽くす。まだ行ってなくて行きたいのは松本のタビシロと、野尻湖LAMPとか、いくつか。

4.松山に行く。松山である必要はないけど、四国に行ったことがないので。

5.ヘアアレンジができるようになる。

6.マニッシュな服装をしたい。ファッジとかみてもおしゃれすぎてわかんない。身の丈にあったマニッシュの模索中。

7.ミニマリストになる。

8.白山眼鏡店か金子眼鏡店で眼鏡を作る。

9.東京に泊まる。谷中のHAGISOか入谷のnuiととか。

10.東京メトロ全駅制覇

11.すべてが隠す収納の部屋を作る。私物が全く見えない部屋にする。

12.無印良品に埋め尽くされた部屋に住む

13.キュレーションサイトをみている意味のない時間をゼロに

14.痩せる

15.会社に来て行く服の制服化

16.メイクアイテムとスキンケアアイテムを固定にする。迷子やめたい

17.くちびるが年中荒れているのをどうにかしたい

18.オーダーメイドの服を着る

19.すべてのお金の行き先について満足する。無駄遣い……と後悔するのをやめる

20.土日に外に出る趣味を作る

21.フォトジェニックを極めてみる(もう夏は終わりだけどナイトプール的な)

22.逆に、東京別視点ガイド的な旅をしてみる

23.まち歩きエッセイを書く

24.カレー沢先生のサイン会等で実物にお会いする

25.手入れされた革靴を履く

26.衝動的なイライラを抑える技をいくつか持つ

27.細かい仕事でも段取りを考える

28.月曜の朝から全速力で仕事できるようになる

29.おしゃれパワーポイントを極める

30.ウエストゴムじゃないスカートが履けるようになる。すなわちウエスト痩せる

 

 

 

まともな人間の仲間入りをしたくて

お盆だったのに、お盆だったからこそ?なんとなく忙しかった。お客さんが休みのうちに進めてしまえという圧力を感じていた。

 

家を出る話を何度か書いたけど、新居はほぼ決まりそう。不動産屋は2軒目、内見は4軒目くらい。求める条件が決まっている場合はやっぱり地域密着かつ、ホームページとかちゃんとあって連絡の取りやすい不動産屋がいいかと思う。部屋探し今回が初だから知らんけど。

 

内見って仲良くない人と半日過ごすのでめちゃくちゃ疲れる。ただでさえ休みの日に会社の近くに行くのが耐え難いのに………。まあ、お互いそういう気持ちですよね。仕事は半年とか同じお客さんを担当するから、あんまりくるくる人が入れ替わるのは苦手。婚活パーティーとか無理そう。

 

きょう朝というかほぼ昼に起きた瞬間、まともな人間の仲間入りをしたくて生きてるということを思った。一人暮らしもそう。自立してるほうがまともっぽいでしょ。

たぶん、18歳まで自室がなく、リビングで勉強してたことがトラウマになってるのもある。東大生の何割は部屋がないとかいうけど、15,6になったら部屋はあるべきでは。あのときの自宅には全くプライベートがなく、誰とメールしてたかさえ隠せなかった。すごい嫌だった。

 

恋愛も同じだ。してるほうがまともっぽい。一定の年齢超えて独身はやばいという通説と偏見。相手がいなくても一方的にでも恋愛感情があったほうがまともという風潮。それに飲まれたくなかったから一応好きな男がいることにしていた。現実は、そこまで男に興味はない。

というより、優先度をつけていったときに男の前で100%を超えてしまう。いまなら仕事、引っ越し、顔を綺麗にしたい、脱毛、ゲストハウス行きたい、椎名林檎のライブ、ミニマリスト目指す、とかそういうことで埋まってしまう。一日中怒っていたら疲れるように、恋愛感情を維持する体力がない。

 

恋愛のプライオリティがきちんと高い人って、やっぱり社会性があるということなんだろうな。上に書いたこと、ぜんぶ自分の中で完結してしまうことだ。わたしの目はまだ外に向かない。童貞の発想。

 

精神的童貞を脱する。あと何年かの課題。

ソフトボール悔しかった!!

ソフトボール悔しかった。

 

 

ほんとうにただそれだけです。

ツイッターもないし、たぶん周りの人も観てないと思うので、ここで書きますけど……

 

こんなに言葉にならない試合、なかなかない。

あの、北京オリンピックの413球、このあいだのことのようなんだけど、もう10年も経っていて、マウンドにはまだ同じ人がいて、良し悪しはあるとは思うし、それはこれから議論されることだけれど、ずっと頂点に君臨し続けることの途方もなさを考えると、もう言葉にならない。

 

北京オリンピックのことはなんとなく覚えてて、え、まだ上野由岐子なの?って思った人多いと思うんだよな、わたしもそう思った。選手層の問題なのか、上野由岐子が圧倒的なのか、そのへんは知らないけど野球では(プロ野球をわりとみるので単純に比較しちゃうけど)ありえないこと。澤穂希とか木村沙織とか、想起した。

 

やっぱり上野由岐子が投げたからよかったんでしょう。上野由岐子が投げて負けたから。認めたくはないけどそういうことなのかも。

 

ありがとうございました。こんな試合を観られてほんとうによかった。

 

かっこいい女たちを見ると、とてつもなく元気になります。勝手に元気になります。

もはやブスでありたい

8/13追記:懲りずにまた思ったことを最後に書いてます。女の容姿の話、いつまでもできる。

 

 

むかし、人生で初めてパーマをかけた時、ハリセンボンの近藤春菜に似ていた。ほんとうに似ていた。

いまもパーマをかけているが、髪が長くなったからか、特に似ていない。

 

どちらかというと化粧していないときは山崎ケイに似ている。

 

山崎ケイはいつか炎上するんじゃないかと、同じブスとして心配していた。

もうまったく、なんの抵抗もなく、事実として自分の容姿を劣っていると思っている人って結構いるんじゃないか。それくらい、容姿の良し悪しは世間の基準として強固である。すくなくともブス側にいるわたしはそう感じる。

山崎ケイが何を考えているかなんて知らないが、ブスなら別の路線で売ろうと思って芸人をやってるのではないか、というより、そうであって欲しい。ブスの生き残り、図っていこうな!と、顔が似ているブスとして肩を組みたくなる。

 

ブスという言葉は、だいすきカレー沢先生も言っていたけど、女を呪う言葉だ。どんなに中身が美しくまともでも、ブスというだけでマイナス8兆点だし、逆に美人でも性格が悪ければ性格ブスと言われる。見た目も中身もブスな、損している側の女もいる。

自らをブスだということは、自分で自分を呪うことだと言われるが、これは一部外れてるんじゃないかと思う。というのは、ブスという言葉にマイナスイメージを乗せているから、ブスであると自称することを悪と考えるのであって、ブスという言葉自体へのマイナスイメージを抱いていない人からしたらそれは単に事実だからだ。

 

もう少しちゃんと説明する。

 

ブス、というのは、顔のパーツの配置が時代の先端を行きすぎているとか、そういう人、特に女に対して使う言葉であり、積極的に使っていいかというとそうではない。他人には向けないほうがいい。命が惜しければ。

しかし、ブスが悪、というのは、見た目が悪いのが悪、ないしは、見た目が悪いことを指摘するのが悪、ということであって、ブスを否定するものもルッキズムにとらわれているのではないかと思う。

自己肯定感をもって、まともな大人として生きていくために、自らを美人ということも、ちょうどいいブスということも、もちろん勝手だし自由だが、世の中顔じゃないと思っているならばむしろ、誰の容姿に対してもいっさいの発言をしないほうが大事じゃないか。そして、自分が自分をどう思ってるかなんて世の中にわざわざ表明する必要ない。

 

ブスな女が自らをブスと称することよりも、お前の自意識の相手をさせられていることのほうが不愉快なのでは。そういう意味で山崎ケイが炎上することは必然である。お前のブス界隈でのポジションに誰も興味はない。ただ、顔が似ている者として、わりと親近感はある。ブス界の希望をともに担おうな!

 

わたしはわりと自分をブスと思うが、正直それ以上に自分の見た目とかどうだっていい。化粧とか服装である程度細工ができるし、肌が汚いのは完全に受け入れられないが金をかければどうにかなる。それはぜんぶ自己満足であって、他人にブスと言われないためではないし、むしろわたしは事実としてブスなので、ブス界にとどまりたい。見た目が良くないことはわたしのアイデンティティの一部である。

 

美人だったら努力しなかったと思う、男がいないことにもっと絶望してたし、一人行動も苦手だったかもしれない。ブスに生まれてよかったことの方が多い。石原さとみなんてまっぴら。池袋を堂々と歩けないでしょう。

 

どうでもいい男からの性的目線を浴びたことがないが、そういう幸せが確かにこちら側にはあって、だからわたしは自分の見た目が悪いことをあるいみ誇っている。 どう考えてもセクハラ野郎は死ぬしかないが、被害者を責めるつもりはまったくなくわたしにはそもそも矛先がほとんど向かない。顔以上に性格が悪いせいだと思うけど。性格が悪いってのも、べつに欠点でもなんでもないと思う。人に騙されないってことなので。

ブス、ほぼいいことしかない。恋愛体質な人は知らないけど、他人に興味がない人にはおすすめ。

 

YouTubeで自らをブスと称する女が化粧で変わっていく動画をたくさん見て、ブスデータベースが蓄積された結果、みんな化粧しなきゃある程度ブスじゃんということに気付いた。それは女同士の壁を崩すことであり、世の中のルッキズムに対する抵抗である。

女ども、美人になるんじゃなくて、ブスを全力で愛するプランでいこうな。

 

 

8/10追記:

ここまでの文章は怒りと勢いで書いてしまった部分があり、ネットニュースレベルだけどニュースに目を通し、冷静になって追記してみる。

 

自らをブスと称する権利もある、みたいなことを書いたけど、わたしの中にもルッキズムは確かにある。見た目なんて良いほうがいい。美しいものの方が見ていて穏やかな気分になれる。

ただ、わたしは自分が美人に生まれなかったことを恥じても後悔してもなく、むしろブスだったおかげでこの性格になったのでよかったと思っている。あんまりブスブスいうと親に悪いかもしれないが、わたしにとってブスはポジティブな意味である。

ブスであるおかげでセクハラも受けないし、痴漢にもあわないし、まあ、甲子園のダンスCM(高校生が踊ってるやつ)とかみると、失われた青春に気絶しそうになるが、それはわたしが女子高出身だから仕方ない。

 

そういう意味で、山崎ケイも自らの容姿を本気でちょうどいいブスだと思ってるのではないか。他人から言われたちょうどいいブスという言葉が、自分にハマったんじゃないか。ちょうどいいブスとして自分を売ることは、自分に対する仕事上のレッテルを貼ることであり、覚悟の上じゃないとできないことだと思う。だから、芸風は変えないでください。ほんとうに自分をブスと思ってるかどうかはまた別の話だからね!!

 

とりあえず、カレー沢先生のブスシリーズ書籍2冊を、読んでください。

なんか、アマゾンが貼れないのですが、ブスの本懐ブスのたしなみの2冊です。

 

あと、

女の自意識に大企業がいちいち付き合ってんじゃねえ!!

 

女は自分を値踏みして世間の中での立ち位置を決めたいものなんですよ、これはブスと称することもその中に入っていて、そんなの女の習性みたいなものだから無視していい。自分を評価しない女がいたとして、それはわたしの思う女ではないがそいつが自分をどう思うかは勝手にしろ。

大企業が女の容姿をブスといったことに対して批判が集まってるみたいだけど、それはブスじゃない方がいいから?というところがわたしは引っかかっている。見た目が悪いのは悪いことで、それはわざわざ指摘しちゃいけないから、指摘したことに対して炎上してるということなのか?いやいや、もともと顔がまともなら化粧とかしませんよ………。

 

ブスだって人権はあるだろ!!!

 

ブスである権利はないの?女はみんな美しくなければいけないの?

 

女に対して、自称、他称問わずブスということは、たしかに推奨されないことではあるけれど、だからといってわたしが自分のことをブスじゃないと思うようにはならない。ブスじゃないと思ったことはない。顔がブスだからこそ、中身を磨いて社会の一員になろうと思ってきたから。自らをブスと称することは、新たな呪いによって見た目の呪いを解除することである。

そういう意味で、自らを美人というのも同じこと。自分にレッテルを貼ることによって、自分の社会的地位を固めること、それは容姿以外のところで勝負することでもある。

 

容姿に興味がないから容姿をネタにしてるのに、それをCMにしちゃうのはまあ、炎上必至かな……。でも周りが怒り狂う必要はないと思います。

 

ブスってもっと、フラットな意味で使われてもいいと思うんだよな。美人だって常に褒め言葉ではないわけだし。美人の対義語はブスじゃないですね。

 

美人は美人で苦労してるんだろうな、とも思う。自分が乗りたくない土俵に乗せられてしまうこともあるだろうし。美人はちやほやされてきたから性格が良いみたいなことを言う人がいるけど、ちやほやが是という考え方がまた、男目線のルッキズムですよね。ブスはブスで、この世で生き残るための愛想を日々身につけているのでは。容姿は変わらないものだから褒められると嬉しいという話もあるけれど、まっぴら。自分が興味ないところを指摘されても仕方ないでしょう。服装とか化粧とか髪型の方がいい。変えられるから。

 

通勤時間を賭して書いた割に、べつにまとまってなかった。とにかくブス界で生き残りたいです。

 

8/13追記:

女の自虐は批判されやすいので、飲み会で間違ってわたしブスなんですよ〜なんていう旧石器時代ギャグをやろうものならその場を氷河期に引き戻すことができる。そんなことないよ〜を誰が初めにいうか、そのボランティア精神が問われる。

女同士であればわたしは確かにあんたクソブスだよね!と言ってしまって欲しい。かわいいとか綺麗とか、そういう評価はたいへんありがたいけども、やはり美しきことは良いことという考えに基づいているわけで、手放しでは喜べない。(もちろん、さすがに社会的な生き物なのでその場では喜ぶ)

 

あんた、クソブスだけど生きていていいよ、と言われたい。いまより綺麗になればそれはそれでハッピー、だけど見た目が綺麗かなんてどうでもいいよ、と言われたい。というかわたしはそう思っている。見た目がクソブスで性格が極悪だろうが生きていていい。ポジティブ志向ファシズムはほんとうにやめてほしい。

 

美に向かって努力しない女は、努力できない女ではなく、美のプライオリティが低いか、または、美の追求のやり方がわからない女である。

平坦でもイケメンは尊い

部屋探し中である。

 

東京は駅が違えば街が違うので、部屋探しは駅が基準になる。山手線とか、あまり住むところはないが駅ごとの違いが顕著である。とくに池袋と目白とか。渋谷と恵比寿とか。恵比寿は渋谷と同じ渋谷区として一緒にされていいのだろうか。

 

地方の人って、つまり駅が関係なく車で生活する人ってどうやって住むところ決めるのだろう。車だとスーパーの距離とかあまり関係ないだろうし、あと、ショッピングモール多いから生活が成り立たないことって山奥じゃない限りないように思う(わたしはほんとうの田舎に行ったことがないのでわからない)。

 

ターミナルに近い駅だとほんとになにもない街ってある。東京だからこそ。

そう考えると、北千住は奇跡のバランスを保っている。上野という東東京の入り口が数駅のところにありながら、自らのポテンシャルも高い。駅から遠いところにしか住めないのが難点(駅前が発達しすぎているため)。南千住のほうが、駅前の便利感は強い。南千住、住みたい。

 

部屋探しは街の発見でもある。わたしは初めて東東京と向き合っている。西東京はとくに見るものがないし、駅によって街が違う度合いは低いし、面白くないのでそろそろ出たい。

 

不動産屋に対してめちゃくちゃもやもやしながらも、もうしばらく探すつもり。

 

新しくなくていいから、駅からの距離が近くて外からしのびこめなさそうなところがいい。満員電車は構わないけど会社からタクシーで帰りたい。

 

全く違う話をする。

 

毎月の癖でファッション誌を買う。ファッション、美容、インタビューをなんとなく読む。今回買った号はインタビュー部分が多く、若い男性がたくさん載っていた。

 

イケメン、紙の上でも輝いてんなあ。

 

これまで感じたことのない感覚だった。

 

紙の上に印刷されただけの、インクの粒でしかない彼らがものすごくかっこよく見えた。実際かっこいいんでしょうけど、しかし動かない喋らない、サイズが大きいわけでもない。何センチ四方かの小さな彼ら。なんだかめちゃくちゃイケメンだった。なんで。

 

さらに、ちょっとだけどきどきした。見つめられている気がして。

 

言っておくが、雑誌にいた彼らのことはわたしは特別好きでもないし、好きな顔でもない。わたしが好きな顔は坂口健太郎で、載っていたのは竹内涼真とかあとはジャニーズ?の男の子たちだった。要は巷では有名だし知っているがそんなに興味ない枠である。それが、開くたびに緊張するのだ。開くたびに竹内涼真と目が合ったのでは?という気になる。

 

頭がお花畑なのか、面食いなのか、突然ホルモンバランスが崩れだしたのか、部屋探しのストレスなのか知らないが、とにかく彼らはイケメンである。イケメン、とてもよい。世界を救う。ブスはブスでイケメンを立てる意味で必要だ。この世にはみんな必要だ。 ?

 

突如として輝きだした彼らはなんなんだ。説明できない感覚である。再度いうが、たしかに前からかっこいいとは思っていたがとくに興味がない範疇の男性たちである。そもそもわたしは男性に対する興味が薄い。いまは部屋探しと断捨離と土曜日に来る机のことしか考えていない。そこに挟まれた謎のイケメン。

 

雑誌の技術が上がったことにして、とりあえず寝る。