わたしの人生語呂合わせ

延命措置みたいな最後の数ヶ月

要は慣れ

前の記事「18卒に贈る心得」とかぶるところもあるけれど、

 

大抵のことって慣れるんだな、と改めて思った話。

 

きょうもきょうとて、辞めたバイト先に借りていたものを返し、新宿を歩き回って買い物をしていたのですが、就活生多すぎじゃない?

まあ、都会なので時間つぶしやすいし、ルミネエストのスタバとか、あの通路のところただ座ってられるのでお金がなくてもいられるっていう利点はありますけれど(新宿といえば、私も珈琲西武にはお世話になった)。

ひとりカラオケはおすすめだよともう一度言っておきますね。

なんなら面接練習できるし、これはメンタル強くないとだけど寝られるんですよ、カラオケは。

不健全な行為に及びさえしなければある程度何やってもいいのがカラオケなので。あと汚したり壊したりはダメね。

私は書き物したり、音楽かけて大声出す練習したり、色々してましたよ。まあ、五反田のカラオケで時間つぶしたあとの最終面接、隣に内定持ってる子がいてビビって落ちたけど。

 

あ、で、本題に戻りますが。

 

買い物をしたあと、私はなぜかドトールでイケメンと話していた。なぜか。

理由はなくはないけど、わざわざ顔を合わせて話すほどの用事でもなかったし、なぜかドトールのクローズまでいた。しかもご飯を食べずに解散するという謎の健全さ。なぜ。

 

相手のことをイケメンとレッテル貼りするのは失礼と思うけど、便宜的にイケメンとしますね。系統としてはメンズノンノ系。1月に飲んだイケメンはポパイ系だった。本屋バイトだったので雑誌で例えるけど意味わかりますか?

 

 

Men's NONNO(メンズノンノ) 2017年 03 月号 [雑誌]

Men's NONNO(メンズノンノ) 2017年 03 月号 [雑誌]

 

 

 

 

こういう感じです。このポパイ古いな。発売日同じだったんだ。

 

関係ないけどこのメンズノンノの表紙の坂口健太郎、構図、髪型、ファッション、首の傾け方、何から何まで最高でしかねえな。

 

あと、雑誌で例えると誰も傷つかない感じしませんか?これからも使おう。

 

そしてこのメンズノンノ(ここから先は話をした人のことです)ですが。

当たり前のこと言うけど、普通に喋れたんだよね、彼と。別にどうという関係のある男の人ではない。ないけれど。

 

ポパイと飲んだ時は緊張しすぎて相手にイケメンイケメンと連呼するというひどい体たらくだった私が(もうほんとに失礼だったので連絡とるのをやめた。)。

 

いいのか悪いのか、女友達的なノリで話せた。なぜか、彼氏がいなかったことを暴露する羽目になったけど。辛く悲しい。嘘つけないし。

 

 

あ、これ、面接と同じだ、と思った。

 

某社の面接で面接官がイケメンだったから目を見て話すことができ、面接の突破法が分かったという話は前回書いたんだけど、ふつうに人と話すときも同じだわ。後から気づくという。

 

別にイケメンの顔に慣れたわけではなく、いまでもイケメンはイケメンですし、改札まで送るという私からすれば一人で帰れるのに何をしてるんだ?ということまでされてビビって帰ってきたのだが。酷いな。

 

どれだけ多くの人と会話をしたか?というパターンの慣れでしかない。

そして、そのパターンを身につけていこうという意志が最も大事なのかも。学ばない人っているからね。

 

これからもイケメンとサシで会話したい(自分を鍛える的な意味で)。

 

という感じで、いい感じに締まったんだけど、打ちながら考えたことがあるのでもう少し書く。

 

楽に話せた、って、会話の中で占める割合が半々または自分が少し多いくらいだった、ってことなのかもな?という話。

 

2年近く前、バイト先の男の子に食事に誘われて一回だけ行ったのだけど、彼が話さないので私がずっと話していて居心地が悪いことがあった。

その時にああ〜無理だな〜って思ったのだけど、今回は沈黙さえ怖くないという新境地を得た。イケメンが怖いからだいぶ進化したわ。

 

会話って奉仕じゃないし。会話だし。キャッチボールってよく言うし。

サッカーでボール占有率とか出るじゃないですか。あれは大きい方がいいのかもしれないけど、会話は勝負じゃないから、占有率は半々から6:4くらいがいいのかも?

というより、心地よい空間になる時、割合が自然とそうなってるのかも、などと。

 

ちゃんと気をつけて話したいな、と思いましたとさ。

あと、相手の話を覚えてないことが多いんだけどそれって単に聞いてねえだけだわって気もしたので反省します。

 

 

イケメンが怖いは脱せそうだけどやっぱり紺のストライプのスーツをきこなした20〜30代のサラリーマンは無理です。顔関係ない、怖い。そしてこれ、前も書いたわ。

 

 

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17卒が18卒に贈る就活の心得3つ

どうも、17卒です。

 

街に就活生が増えて来て、自分の過去を思い出して刺したくなる(彼らは何も悪くない)日々ですが。

今回はふだんの独り言とは違うガチめなエントリでいきたいと思います。

2016年の2〜7月まで就活をした私の感想。

 

自己紹介?としては、まーちの女子学生、文学部、サークルで長をやったことを中心に話していた。特にこれといった結果は出していない。ロジカルに考えて話せる、失敗を生かし次に繋げられる、みたいなことを売りにしていた。

内定先は大手グループのIT、規模は中小。

 

最初に言いますが。

どんなハイスペック学生でも就活は少しは辛い、そして、95%以上の学生は社会人から見たらスペックなどない。ゆえに、就活は苦しい。

 

これを踏まえた上で、3つのアドバイスいきましょう。

 

1.気持ち悪くて仕方なくても、「人事にウケそうな自分」を数ヶ月演じきれ。

これはね、「ラブホの上野さん」の最新話にありましたからFODのアプリを落としてドラマをみましょう。採用する言い訳を与えるのだ。

中身が根暗だとしても第一印象は明るく元気に越したことはないのです。

私もネットに散々言い訳を書いているように根暗でネガティヴ、自虐癖が治らないわけですが、面接の時だけは、内定先の最終面接だけはそれを捨て切って、自信がありそうな私を演じました。自分の中にほとんど無いキャラだから気持ち悪くて、いまはもう出来ないな。話しながら心折れそうになったけれど、ここで決まらなかったら就職浪人という局面だったからなんとかやれた。

何社落ちて落ち込んでいたとしても人事にはそんなの関係ねぇですから、古いな。もう結婚してたな。

 

では具体的にどうするのか?

練習しかない。

私の場合、某社の一次面接で面接官の30代前半くらいの男性がめちゃめちゃにイケメンだったのでずっと顔を見て話すことができて、それがきっかけで前を向いて話せるようになった。くだらねえ。その会社は落ちたけど、きっかけをくれた。ありがとうございます。二次面接、遅刻したのに受けさせてくれてありがたかったです。

まあでも、結局20〜30代の男性、特にネイビーのストライプのスーツを着こなした男性は怖いです。偏見だけどブスに人権を認めてなさそう。

 

働く皆さんの時間を奪ってるわけだから、それに値する人であらねば。外側だけでも。

 

2.平日は毎日就活せよ。

やめたら終わりです。

一度やめて戻ってきて就職を決めた友人もいるけれど、相当意志が強いか、秋採用に確かな自信がないと無理。卒論がある人は夏までに決めないとそちらにも影響が出て恐ろしくストレスになるので、毎日やって前期の間に決めよう。

 

予定はできればAM,PMで2つ以上入れる。早起きするようになるから。1つだけの日は、大学が近ければ大学に行ってESでも書く、ウェブテストを解く、キャリセンに行くなど常に行動せよ。私は大学が都会だったから午前午後の間に大学に行っていた。大学から遠いところだったときはひとりカラオケの禁煙ルームで書類書いてました。カラオケは意外と使える。女性専用フロアにするとか。部屋ごとにプラズマクラスターあるところも多いから、タバコはそこまで気にならないかと。品川とか高すぎて笑ったけど。

 

とにかく、毎日就活マインドにする。さっきともかぶるけど就活生になりきるということ。半年くらいなりきっても、1ヶ月でただのプータローに戻りますから大丈夫です ???

 

3.バイトは辞めるな。それか、サークルを辞めるな。

平日は就活するとして、土日は全く別のことをする。

私はバイトをずっと掛け持ちしたままで、土日は必ず働いていたし、なんなら平日も12時までバイトして移動して14時から面接とかやっていた。バイト先がわりとアクセスの良い都会だったからできたけど、いまこの体力はねえ。

予定が埋まりすぎて辛かったけれど、就活以外のことを考えることができたのは良かった。

バイト先にはフリーターが多くいて就活してるだけで偉い偉いと褒めてくれたし、子どもたちは無邪気で全てを忘れられたし、やっぱり居場所があるって強い。

サークルは引退してたけどイベントや飲み会は半分嫌がられながらも行っていた。もう全部自分のために。

 

女性誌でもサードプレイスみたいなことをやたらと言われるけど、やはり人間、複数の居場所がないと。そしてそれ用に人格も少し変えていかないと、とくに根暗野郎にはキツイから。

 

だから、高校の友達の根暗同士でよく集まっていた。その中の全員就職決まったわけではないけど、中にはそれなりの大手の子もいる。情報交換としても楽しかった。

 

 

と、そんなところです。私は始めるのが遅くて決まるのも遅かったけれど、早い人はもう最終面接とかなんだと思う。で、もしこれを読んでいる就活生がいたとしたら、そいつはまだまだスタートラインにいるんじゃないかな。

いいか、足が速くてモテるのは中学までだ。それは本能的に肉体のスペックが高い奴を求めるからにすぎない。

そして、就活は速さではない。この先生きて行く上で、自分が何に重点を置き、何を大切にしたいのか。その優先順位を決める最初のイベントだ。早く決まっても、大企業に決まっても、何も凄くない、偉くない。

 

就活は恋愛に似ている、という。恋愛をしたことのない非リア根暗野郎にはわからないが、確かにと思わせるところもあった。

たとえば、第一印象は明るい方がいいとか。明るくなくても寄ってくるやつはいるが、たいていロクでもねえ。気をつけろ。

あと、モテたければモテのために全てを費やせとかもファーレンハイトが言ってた。その通り。就職したければ全てを費やせ。

上に書いた自分がどう生きるかみたいな話もそう。交際相手に何を求めるか?がわからないと、どこに狩りに行くべきかもわからないから。自分が向いている仕事や業界も、自分の優先順位と関連してくる。

 

大企業に行く奴は、たとえるならキラキラ女子と付き合うような奴だ。港区のマンションでシャンパンパーティするような奴。じゃあ君はそんなやつと付き合いたいか?一緒にいてどう感じるかでなく、奴が何を持っているかで付き合うか?

 

就活してるとどうにも落ち込んで笑顔も挨拶も弱くなる時があると思う。

が、就職したらたぶんもっと地獄だ。もっと周りの人間にジャッジされ続けるのだ。

 

大丈夫、決まらなかったとしても死なない。そして、この時期に就活してる17卒もいる。決まらないまま卒業を伸ばした友人もいた。

どうにでもなるから、未来のタラレバを捨てていまを必死でやれ。

 

以上です。

 

あまえるってどんなこと

あたりまえがおわる、というエントリでバイトを辞めて悲しい、みたいなことを書いたけどいまべつに悲しくない。

 

それより、いまも呪われている気がする。本屋だったから、雑誌を見かけるたび(たとえば喫茶店で、服屋の店頭で)、何日発売かが頭に浮かぶ。コミック誌でもそうだし、なんならコミックでもそう。駅の売店を遠目で見て、きょうは水曜だからマガジンとサンデーだな、とか思ってしまう。

きょうはさらに1日だったから、雑誌が多い日だな、大変だろうな、とか、べつにもう関係ないのに。

 

忘れていいのに。

 

 

この間友達の家に遊びに行った、で、泊まった。

一人暮らしも4年目、手慣れた自炊。出てくるおしゃれな皿、誰かが泊まりにくることを前提にして用意されている寝具たち。

私が押しかけているのでさすがに食費は全額出したけれど、買い物の仕方も慣れていた。21時に帰宅して、餃子と鍋作って、しめにうどんまで、尊敬しかない。

実家暮らしの楽さに甘えている、と改めて。

 

しかも、家事能力が全くないので、何もできない。やったことといえばチーズを切るくらい(しかも彼女はチーズを食べられないことを忘れて買って来てしまったのだ)、それも切った後の包丁を放置していたらそれはその後鶏肉を切るのに使われていた。チーズは私だけが食べた、持って帰ってくれないと、と言われて頷いたらジップロックに入って渡された。買った時は成城石井でただラップに包まれただけだった、800円足らずの1/16の、チーズ。

 

専業主婦と何もしない夫の生活のようだった。私は大変楽だった、居心地が良かった、人の家なのに。彼女は家に誰かが来ると嬉しいと言った。アメトーークを4枚借りて全部見た。夜中まで。テレビに突っ込みながら見るのが楽しいと言った。申し訳なかった。

 

私は彼女に甘え切っていたな、と思った。

人に甘えるのが苦手な長女と言うけれど、それはスキンシップやボディタッチみたいなことが苦手なだけなのかもしれない。

精神的にはベタベタに甘えている。彼女は妹気質だけれど。

 

そして、それが、甘えるのも悪くないというより、自分が不愉快だった。

 

何もできなくてただ上げ膳下げ膳は、依存に近い。お金を出したからって許されない、と思う。

まして、相手が友達じゃなく男だったら、お金でどうにかは使いづらいわけで。

どうしたい、ということでもないけれど、うわ、と思った。

それだけ。

誰かとたたかうってどんなこと

誰かと競争したことがないな、と思った。

 

スポーツは得意じゃなかったので、徒競走は最後の一番遅いグループ、組体操は土台(踏まれもしない一番した)、騎馬戦は支える方。

 

受験は二回やったけれど、あれは当日だけ他者がいるわけで他はほとんど自分の自堕落な意識との戦いだ。大学受験は特にそうだった。

 

大学の中でもグループディスカッションとかしなかったし、文学部は人と違うことが価値だから誰かと比べるということがない。同じか違うか、という判断しかなかった。

 

就活もそう、ディスカッション中は相手の出方を見たり牽制したりがんばるけれど、ほとんどは自分の無気力さと、思い込みと、自分が作った世間の偏見との戦いだ。

 

これまで22年間で、誰かと争って一番を目指したことって、厳密に言ったらないな、と思った。

これから社会人になったら、比べられるのだろうか。だろうな。優秀かどうかをあらゆる角度からジャッジされるのだ。

戦ったことがない人間は、判断を下されたことがない。優れているか劣っているか、自分だけの基準ではかっているだけだ。

 

自分に自信がないゆえのネガティヴ発言や自虐を繰り返す人(私だけど)は、他者の基準を内面化できないのかもしれない。

つまり、判断の尺度が自分しかなく、自分から見たら大したことがないので、ネガティヴな気分になる、または、自分としては基準を満たしているつもりだが、ハードルはどんどん上がって行くので(うまくもっていけば向上心として見せられるのだが)、永遠に満足することがない。

他者の意見を聞くことがないので、褒められても頭ごなしに否定する。それは相手に対して悪意はなくて本当にそう思っているのだ。

 

とくに文学部で顕著だったけれど、結果が数字に出ることがない。たとえばディスカッション大会で何位だったとか、何分何秒で泳いだとか(水泳は自分との戦い要素が大きいかもしれないが、すぐ隣で泳いでいる他者が存在するのだ)。論理的かどうか、他者を感動させられるか、といった数字にならない曖昧な基準がむしろ大事になってくる。

 

そういう環境にいると、ジャッジされるのがものすごく怖くなる。人にどう思われているかほんとうに全く気にならない人はそんなにいないと思うけれど、その度合いが強烈になって、そしてさらに自分を責めることに終始するのだ。あの人は私をよく思っていないに違いない。または、あの人が私をよく思うはずがない。どちらも他者を欠いた、貧乏なコミュニケーションだ。

 

戦うことに、慣れたい。

そして、自分との膨大な戦いをやめたい。いかにも思春期というか、子どもじみた、つまらない、自分との戦い。

 

最近とくに時間があるからずっと自分の性格の歪みの原因を導こうと必死だけれど、そんなものはわからない、無理なのである。

 

他社と比べた結果、数字として明確に私が優秀で仕事ができて魅力的だとわかった時に、やっとまともに生きていけるのかな、なんて、甘いことを思う。

あたりまえがおわる

バイトを辞める。掛け持ちしてる方の片方だけ、まずは。

 

辞めようと決めた時には、来月までできなくはないけれど満員電車も早起きも、もう4月からでいい、さっさと自由な時間が欲しい、と思っていた。

 

でも、今となってはふつうに、さみしい。

 

大学時代をほとんどバイトに費やして来た。だから大学に通うことよりバイト先に通うことの方が、あたりまえで、日常だった。4年間は、労働と共にあった。

もちろん、労働はこれからずっとつきまとうけれど、この、労働の軽さ、仕事ではない軽さみたいなもの、それはもう得られない。

 

バイト先の飲み会があった。送別会だった。

みんなすごく優しくしてくれた。わたしはお酒を飲むと抑えが効かなくなるタチの悪い酒飲みだけれど、みんな、優しかった。

この人たちに会うことももうないのかもしれないと思う。バイト先と家が近いわけでもないし。

 

大学の友達とか、どうでもいいのに、バイト先の人たちは、そんなに近い距離にいたわけでもないのに、異様に、さみしい。

 

ひとつのあたりまえがおわって、また別のあたりまえが始まるのだとしても、その間には真っ暗な空間があって、それは避けられなくて、そこに身を置く時間が、すこしは必要なんだ。

言い聞かせてみても、その真っ暗に何年いればいいんだろうって、そんな悲観的な気持ちになる。

 

2年半、いたけれど、馴染めたとは最後まで思えない時があった。

 

たくさん怒られたし理不尽と思うこともあったしちょっと前まで辞めたくて辞めたくて、毎日のように出勤しては苛立っていたのに。

 

ああ、ちゃんとやればよかった。もっと真面目に生活リズム整えて出勤して、コンディション良い状態でやりたかった。

 

後悔、どんな形だったとして、するんだろうなあ。

 

完璧はない。

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独女マインド

Aさんの場合。というコミックを買った。

 

Aさんの場合。|コフレ|祥伝社WEBマガジン

 

これです。ここで数話立ち読みできるので、是非。

 

未婚のAさんが「本屋に行ってほしい本を買って一人で過ごす時間が楽しいし幸せ」みたいなことを言っていて、

自分のことか、と戦慄した。

 

月収はやっと二桁万円の大学生(残り2ヶ月)、ほとんどは本に消える。本か、服か、化粧品か、飲み会か。この四つのどれかに振り分けられるが、本が圧倒的に多い。

 

なんならこのコミックだって「一人の時間を楽しくするため」に買った。

 

あーあ。もう、マインドが独女じゃん。

これからは22歳独身になるんだもんなあ………。

 

自己投資という都合のいい言葉を使って浪費を正当化できるのもあと何年なんだろう。

相手に合わせて生きるとか無理、男には私の観客であってほしい、と思い続けるのかな。

 

そう思ったら可愛いタッチなのにすごく落ち込む漫画でした。

ジェーンスーさんが言ってたように、人には人の事情があるのです。

 

こういう結婚とかの漫画が好きなのは、まだ自分には降りかかって来ないからいまのうちに予習しとこう的なマインドなんだろうな、と、思いつつも、大学卒業したらすぐ結婚する友達とかもいるんだろうなって。

 

そしたら疎遠になるんだろうな。今度彼氏持ちと飲みに行くけれど私はなんのネタも持ち合わせていない。半年ぶりなのに、ほとんど言うことがない。私の日常は延命措置にすぎなくて、ただむなしくぼんやりとすぎて行くだけだ。

 

大学生活ってこんなに何も起きないんだな、自分で何かしないと。

でもその何もなさをどこかで愛してしまってる、それが独女マインド。

 

たぶん、変化が怖いんだよ。新しい人に会って好かれるか嫌われるかみたいな賭けみたいな、そういうことをするのが怖い。

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風向き

最近飲み会がないので、鬱々としている。何かあったとして話す人もいないし、そんなに人に言うこともない。

最近ないと言っても1週間くらい前には飲み会があったのだけど、イケメンが目の前に座っていて(色々調整してむりやりねじ込んだ飲み会だったのだけど)気が狂った。しかも優しくていい人だったので恐怖すら感じた。どうしてどうでもいい女に優しくできるんだろう。女じゃなくて、人とくくったとしても。

一生ぶんの運を使い果たしたのかもしれない。

 

やっぱり家でなんとなくサンホラ流してる時間の方が落ち着く。

 

ドラマが始まったけど相変わらずタラレバの原作を読んでは毎日落ち込んでいる。

7巻収録のあたりから(本編だと半年くらい前)風向きが変わってしまった。

これまでアラサーを殺す漫画だったのに、KEYくんに切ない気持ちになる漫画になってしまった。もうとにかく誰か一人でいいから幸せになって欲しい。倫子じゃなくてもいい……

この漫画、切ない展開になったとしても濁った?部分があって、早坂さん置いてけぼりで不憫すぎるし、KEYくん勝手すぎるし、美しい純粋な愛〜〜みたいにならないところが好きだ。好きだけど精神的には落ち着かなくなる。7巻を読んでこのあいだのkissの最新号買ったらやっぱり間が欲しくなって電子で買ったので8巻収録の内容まではすでに把握してしまった……………。待てない………誰かが幸せになるまでは………落ち着かない………。

 

少女漫画み(ふつうのアラサー北伊豆まで行かないからね、芸能人追って)が増した故に、逆に距離を置いて見られなくなっている。3巻くらいまではゲラゲラ笑いながら反面教師として読めたのに。KEYくん。素直になってくれよ。タラレバを見てる場合じゃないんだよ。あと、倫子さんにというか元の嫁に似てる女の人はそれなりにいると思うし、お前これからの芸能生活でたくさん会えるだろうから、倫子さんのような一般人のことはほっといてやれ。頼むから。頼む、帰ってくれ、この通りだっ………。

 

ああ、そういえば、ドラマのKEYくんはマミちゃんに優しく握手してたし、漫画ではドラマの主演の女優と楽しく打ち上げしてた。どうでもいいからこそ優しくできるのかもしれない。にしても、良い人だよな。

どうでもいい女子会で愛想笑いすらしたくない。次どこでネタにするかしか考えてない。

 

あの、マガジンハウスみたいな男の子(なんとか伝われ)も、そうなのかもしれない。

でも、かっこいいし、私すきになってしまうよ。その感情の質は問わないけど、そんな簡単に優しくされたら(べつにおごってくれたわけでもなく話聞いてくれただけ、ふつうの会話してくれただけ)、もっともっと果てし無く卑屈になってしまう。

やだなあ、イケメンを通じてもっと自分のことが嫌になるの、自意識の塊かよ。

 

大人になったら自然と、戦いの果てでもいいけれど、自意識の塊じゃなくなるのかなあ。

 

暇だからかな、と思って忙しくしても変わらないし、社会人の忙しさなんて比じゃないと思うけど………思考力を失うくらい、働きたい。こんな余計なこと、考えたくない。

 

自分が卑屈すぎるのが嫌で、その原因を突き詰めてみたりもしたけれど、結局親による何かか、人生前半の何かっていうもうどうにもならない過去のことに帰結することが多くて、疲れてしまった。

もしかしたらイケメンはそういうことがないからあんなに爽やかなのかもしれないなあ。いいなあ。羨ましい。もしくは、きちんと清算できているか。

 

何か言われたことを具体的に覚えているわけではないのに、どこかに、昔の自分は虐げられていて、魅力のない存在だったという意識があって、その強さに引きずられて、ときおり気が狂いそうなほど、自分のことしか考えられなくなる。自己愛が強すぎるんだと思う。自虐は傷つかないための方策だから。息をするように自虐をすると、自分を傷つけることにもなると、学んだのだけど……。

 

性格が内向きで暗いだけなら、人前でごまかせばいいだけだけど、就活やらにも影響したので、もうどこかで蹴りをつけたい。

見栄っ張りのくせに卑屈だから、落ち込んだ時にラインのひとつもする友達もいない。いるけど、怖くてできない。友達から何を送られても無視するのに、無視されるのが怖い。馬鹿みたい。

 

そうして、まともに人と話せるようになりたい。とくにイケメンと。人を顔で判断してイケメンとそうじゃない人に振り分けてるのは失礼だな。まあ、自分の好みの顔程度の意味として。

 

たとえば仕事関係の人の前なら、なにか仕事で成し遂げたことがあれば強く出られるんだと思う。逆に言うと、相手より優位に立てるところを探さないと会話することができない。顔ってやっぱり強いからイケメンは怖い。優しいとさらに怖い。人に見えない。

 

こうやって周りの人のことをずっと見下して生きていくのかもしれないと思うと、死にたいな、端的に。

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