わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

エンタメ性のある女はいらない

電車に乗っているとなぜか神経質になってしまう。

自分が見ているiPhoneの画面が隣から覗かれるのは構わないが、自分の視界に誰かのiPhoneが映ると申し訳ない気持ちになる。見てはいけないものを見てしまったと思う。

満員電車だと誰かの足を踏まないか、とか、雨の日なら傘が当たらないか、とか、気をつけることは無限にあるのだが、最も気になるのは通勤時間帯の電車内の会話である。

 

真っ昼間とか、夕方の通学時間とかなら、電車内で会話することは目立たない。しかし、朝のラッシュで会話すると、大きな音量でなくてもよく聞こえてしまう。そういうときはイヤホンで耳を塞ぐ。早く黙ってくれ、と思う。

会話の内容はなんだって良いのだが、とにかく電車内では黙って欲しい。黙って乗って欲しい、と思ってしまう。

 

先日は大学生とみられる女性二人が、朝のラッシュ帯の電車で、妊娠中の女性がヒールを履くのはどうなんだ、おしゃれは産んでからでもできるから今は我慢しろ、といった、炎上必至の会話をしていた。仕事上ヒールしか許されていないのかもしれないし、産んだらしばらくは外出もままならないから今のうちにマタニティおしゃれを楽しんでいるのかもしれない。マタニティファッションっていつでもできるわけではないし。そう考えながら耐えた。満員電車だったのでイヤホンを取り出せず不快な思いだけが残った。

 

また先日は、帰りの丸ノ内線、ほとんどがビジネス利用の時間帯に、隣に座った男女が、誕生日がイベントと近いと一緒にされる問題について話していた。12月だとクリスマスと一緒だよね、とか。どうでもいいことをわざわざ電車内で話さないでくれ、と思ってイヤホンをした。私の隣には男が座り、彼は8割がた聞く側に回っていた。降り際に見ると眼鏡文系男子といった風貌で、話していた生年から20代半ばと思われるがどう見ても就活生だった。ほんとうに大学生か院生かもしれない。

会話のほとんどを支配していた女は、男が敬語だったのでさらに年上か先輩なのだろうが、会話を支配するタイプだった。誕生日とイベントの話も、元はハロウィンが近いから渋谷は凄い、最近始まったイベントだが何が楽しいのだろうか、という話が起点だった。女が、自分の誕生日がハロウィンに近いから云々と言い出したのである。

 

降り際にまた、女の風貌も見た。私に似ていて驚いた。数年前の私だった。

 

あの女は、場を盛り上げるエンタメ性と、会話を円滑にする社交性があるのだと思った。そしてそれに自分である程度気づいているからこそ、男を遮ってでも話すのだろう。私はそれがつまらないと思った。女は黙って男の話を聞いていれば良いと思った。

そして我が身を振り返る。

 

私は自分の価値を面白さにあると思っている。少なくとも、飲み会などでそれなりに笑いを取ることはできるし、中年男性のどこまで本気かわからない野次にも対応できる。男尊女卑は死ぬほど嫌いだが、相手がバブル以上の世代だとそれがマナーみたいなところもあるので仕方ない。そこを笑い飛ばせるのがいい新人と思ってきた。

しかし実際に、似たような話し方をする女を目の前にすると妙に気分が悪くなる。つまり、面白い自分に価値を感じつつ、同時に認められていないという自意識ワンダーランドが形成されていた。ほんとうは芸人女なんてつまらないのにそれしかできないもんね……というネガティブ諦めである。

 

大学のときほどではないが、これからも基本路線は面白い方向で、と私の中では決定していたのに、あの女、キャメルのコートを着てグレーのパンプスを履いたショートカットの女が、私を揺らがせた。ただし、女を恨む気持ちは全くない。むしろ感謝さえするだろう。

自分を客観視するのは難しくて、つねに人のふり見て我がふり直せでしかないのだから。