わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

真面目に生きるって損だけど

敬愛するライター、雨宮まみさんの死からそろそろ1年が経つ。

 

亡くなったのは15日で、私がそれを知ったのが17日だから、本当はどちらかで休みたかったけれど私は16日に半休を取った。

なんの必然的な理由もない半休だ。雨宮さんのことを考えるためだけの休みだ。

 

雨宮さんが 東京を生きる という本を出した時の期間限定ブログで、よく行くお店としてフルーツパーラー フクナガさんを挙げていた。フルーツサンドがおいしいうえ、お店の昭和な雰囲気が落ち着く。私も、学生時代のバイト先の目の前だったので二度ほど行った。四谷三丁目という、都会なのにどこか、新宿まで歩けるのになぜか、時間の流れが少しゆっくりな街にある。

 

去年は追悼に椎名林檎縛りでカラオケをした。雨宮さんがライターになるきっかけ、その最初の応募記事が椎名林檎についてだったからだ。

今年もそうしようと思って、だから休むことにした。

 

雨宮さんのネット連載は今でも読めるし、穴の底の連載(雨宮さんが愚痴を聞いてくれる)は常にサイトのアクセスランキングに入っている。いつでも連載が再開しそうだと思う。たまに読み返すけれど、最近は読むと泣いてしまうから見られない。40歳の連載は独身だってなんだって自由だって思わせてくれたし、買い物の連載はお金をかけるところを考えなきゃな、と思ったし、そんな雨宮さんがユニクロを着ているところも好きだし、インスタはいつでも胸を突かれるくらい、素敵だった。

 

こじらせ女子としてデビューして、それで仕事が来て、そこに苦しんでいたときもあるんだろうし、雨宮さんには こじらせ女子 という言葉がついて回るのだろうけど、でも、亡くなる直前の雨宮さんの写真は、そんなこと関係なくなるくらい、綺麗だ。雨宮さんはとても綺麗だ。ご本人がそう言われたかったか分からないけれど……。

 

雨宮さんに関してはいくらでも語ることがあって、岸政彦先生との対談本もよかったし、岸先生の追悼文には共感した。共感なんて言葉では表せないくらい、その通りだと思った。

そのあとペヤンヌマキさんが追悼文を出した。雨宮さんの不在を雨宮さんに相談したい、と岸先生と同じことを言っていた。私も穴の底に言いたい。

 

雨宮さん、どうしてこんなに早く、いなくなってしまったんですか。

私は一年経っても、あなたの死を現実にできていません。

雨宮さんは私の中では生き続ける。当分はそれしかない。