わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

男とか女とか考えなくていい時代から成長していない

時折連絡してくる女友達がいる。いや、友達というより知人に近い。

大学の時の知り合いで、専修が同じで何度か同じ演習を履修していたので、週に1,2回は会っていた。たまに食事をしたこともある。特別仲良いわけではない、とわたしは思っている。

 

卒業したいまも何ヶ月に1回か連絡が来る。大抵男絡みだ。

彼女は大変傷つきやすいというか気にしいな性格で、そのことで診断を受けているくらいだったので、わたしは気を遣って返信をする。

とても大切な人だと思っていた男と別れた時、その男はわたしにとって赤の他人だが懸命に励ました。

心無いマッチョな価値観を押し付けられた時、わたしはそのことについて考え尽くし諦めていたがきちんと考えて返信した。

彼女はそれで満足して、やがてわたしに返信を返さなくなる。というようなことを何回かやった。別に負担にならない程度の会話量。片手間で返せる会話。だが、そのあとわたしはひどく疲れる。

人に話して満足する側は良いのだ。話された側はその問題を投げられたまま。放置される。ふだんはどうだってよかったことを考えざるを得なくなる。強い言葉を使ってしまえば、不快である。

 

男絡みでいえば全く逆の話、いわゆるのろけも行き着く先は同じである。これもまた、わたしにとって赤の他人である、他人の男の話を聞かされる。しかもこちらは、わたしが聞きたがるからしかたなく話してやる、というような空気に持って行く必要がある。正直にいえば、他人同士の交流はどうだって良い。

男の話をされると、強烈な劣等感と焦りに襲われる。23歳で彼氏なし、処女でいつまで生きていくの?と問われている気持ちになる。というか、自分で問う。

 

自分としては今の生活にほぼ満足している。つもりでいる。しかし女なのにとにかく毛が濃くなるので調べたらストレスによるホルモンバランスの乱れらしい。そうですか。

ふつうに生きていて男という性別のことも、特定の男のこともほぼ考えることのない、性別が未分化の世界に生きている、と思う。情けないが12歳の時で世界が止まっている。でも一歩外に出れば世の中恋愛は当たり前にあるわけで、カップルは当たり前に歩いている。最近は羨ましいよりも、涙ぐましいというか、人間関係を維持する努力を想像して泣けてくる。

 

女としての役割を押し付けられるのが嫌だからでもなく、セックスが嫌でもなく、人間関係を維持できるかどうかに自信がないから恋愛したくないのだと気づく。人として基本的な能力に欠けている。絶望する。愛されなくても生きていけるが、愛せないのかもしれないという気持ちになる。愛せないとは、世界に自分一人でも平気ということだ。確実に死ぬ。わたしができることはたかが知れている。

そうやって話を広げたところで我に返り、考えている暇があれば人と会話する練習しなくちゃなあ、などと思って、だいぶ手前にあるスタートラインに泣きそうになる。夜中起きないようになるべく一定の時間までは寝ない努力をしているが、一人で起きている夜は泣きそうになる。実家暮らしなのに、とてつもなく一人だ。

 

恋愛至上主義でなくてもいいが、人間関係至上主義でありたい。人とのつながりを求めていきたいし、求めている自分を素直に認めたい。そういっためちゃめちゃにまだ支配されている。早くストレスから解放されて毛が薄くなってほしい。

そして将来的は自然に恋愛の話がしたい。特に盛り上がらずにセックスの話がしたい。まずは休みの日に外に出ることからだとわかっている。でも、平日好きでもない人とずっと会話しているのにまた他人と話すの?と思ってしまう。一人で行けないところなどほぼない。21世紀も20年近く経って、世間は一人に優しくなった。

 

最近、VR遊園地に行きたい。さすがに一人だと感動を分かち合えないので誰かを誘いたいが、適切な人数も距離感も分からないから黙っている。思えばそうやって行きたいところを潰してきた。一人で行けないところがないのではなく、一人で行けないところは目に入らない。

 

どうせすぐ暖かくなって忘れると思うけど、強烈に誰かを抱きしめたい。高校生までは挨拶がわりに友達を抱きしめていた、毎日会うのに。大学でそれをやったら、女子校出身者にしか共感されなかったのでやめた。いまは、家族すら気恥ずかしいから、たまに会う高校の友人にしかできない。あとは男になってしまう。人の体温を感じるだけでなぜこんなにハードルが高いのか。

社会人になる直前までバイトをしていたが、最後の飲み会で酔った大人に抱きしめられた。すごく嬉しかった。あれ以来、人の体温を感じられていない。それが最近つらい。そして、書いたように、暖かくなったらすぐ忘れてしまうことがもっと、つらい。

寒くなると人肌恋しくて夜中に一人で椎名林檎を聴いて泣いて、暖かくなったらバカバカしくなって忘れて、暑い夏は自分の冴えない過ごし方に絶望して、という一年をもう5回繰り返した。いい加減、空いた右手を埋めて欲しいのだけど、それすらも自分からかなり努力しないと厳しい2018年である。嗚呼。