わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

童心に帰るというがどこかに大人の心は残っている

先日昔の知り合いとの飲み会があった。会社でも学校でもない人たち、同じバックグラウンドのない人たち。別に飲み会をするたびに反省会をしなくてもいいのに、色々と考えてしまった。

 

メンバーが基本的にお酒をかなり飲める人たちなので、ワインをボトルでガンガン開けて…みたいな飲み方が普通なのだが、それでも後から考えて気恥ずかしくなるくらい酔ってしまった。というより、酔っ払える場所がここしかないのかもしれない、と思った。

これまでずっと、心を開けるのは高校時代の友達の前だけ、と思ってきた。彼女たちは10年選手なのでたいていのノリにはついてくるし、お互いを否定することは一切しない。でも、いつのまにかなんとなくキャラクターは身についていて、私は姉的存在だから羽目をはずすほどは飲まない。この前旅行に行った時もかなりワインを飲んだが、あのときはこの間のような酔い方はしなかった。どこかで自制している、酔うのは私の役割ではないという自意識が働いている。

そう考えると、大学以降くるくる変わる友人たちの男の遍歴を聞かされたり、数々の愚痴に付き合ったり、すべて私の意思に反しているわけではないが、基本的には聞き役にされていることに気づいた。嫌なわけでも、損しているわけでもない。ただ、事実として。

この間のメンバーはそういう役割みたいなものはなくて、全員境遇が違い、私のような正社員OLだけではなく(ホワイトカラーの大人に囲まれていると麻痺してしまうが、毎日会社に出勤するだけが労働者ではない)、いくつも掛け持ちしている人や学生やフリーターや、色々な人がいて、みな許されていると思ったら泣きそうになって、考えるのをやめた。

 

かなり酔っていたので思わず、好きな人に可愛いって言われたくて抱きしめられたいという23歳にしてしょうもない欲望を吐き出したら、それは女子でもできると言われたが、違うのだ。女子ではできない。

それは私がどちらかといえば異性愛者だからではない。女子に抱きしめてもらう場合おそらく高校の友達がもっとも手軽なのだが、そして高校時代は毎日挨拶がわりのハグが当たり前だったわけだが、つまりは時に逆行することになるのだ。もう大人になったのに高校の時の再現をすること、16歳だった日に戻ろうとすることなのだ。

それでは違う。16歳の心で抱きしめられたいのではなくて、あくまで私はもう23歳である。挨拶のようなハグではなくて好きという気持ちの先にあってほしい。相手が女の子だとしたら全く新規の女の子である必要があるわけで、それでは男だろうが女だろうがハードルは同じである。大学に入ってすぐ、人は挨拶がわりに抱き合わないということを知ってからトラウマ的になっているので、そんな気軽に密な関係にはなれない。先は長く難しい。

 

飲み会の次の日の朝にはっとなってここまで書いてきたことが降りてきたのだが、人生は長く難しいということがまたわかった。ここは退屈抱きしめに来て。