わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

女友達の愚痴を聞いて死ぬ

私が穏やかに歳をとり、職場の既婚男性に可愛がられている間に、女友達が男とくっついては別れる。女同士で集まるとそこにいない女とその男遍歴の話にしばしばなるけれど、そこにいない女の彼氏、完全に誰にとっても他人である。赤の他人の話で盛り上がる、性格の悪い女たち。

また一人、男と別れる決意をした女がいて、久しぶりに高校生の時みたいに笑った。ジェーン・スーは男と別れた女をメンテナンスするのが女友達と言ったが、20代前半の女たちにとって恋愛はまだ軽く、別れることも一つのエンタメだと思う。

付き合う話も好きだが別れ話の方が好きだ。あんなに好きだった人間をこんなに悪く言うんだ、と面白くなってしまう。よく考えればあんなところもこんなところも嫌いだった、あのときのあの態度が気に食わなかった、などなど、私がまるで知らない男、でも彼女はその裸まで知っている男の話を延々とする。私は、こちら側へおかえり、と思う。やっぱり別れると思った、と口には出さないが考えている。グループ通話をバックグラウンドに、右手はずっと通販サイトを見てブラウスを探している。音が悪くて途切れるたびに、これでもうお開きにならないかな、とうんざりする。

 

女ののろけは、男がいない女が聞きたがっている風に聞かなければならない。愚痴という名ののろけを何時間も聞く。聴くという字が正しいくらいちゃんと。相槌も打つ。そのとき女は私に対して優位に立っていると感じているのだろう。好きにすれば良い。じきにこちら側に帰ってくるから。それまでの期間が何年であろうと、それは私にとって大したことではない。

グループ通話が切れると、この1時間寿命を無駄にした!と叫びたくなる。どうして!貴重な平日の夜!と。彼女が私の話を聞いてくれることはない。私は彼女の世界で脇役にもならない。

女は必ず、私ばかり話してごめんね、そっちも何かあったら言ってね、聞いてくれてありがとうと言う。聴く気がない人に話すつもりはないので構わない。ネットに書かないような愚痴はそもそも抱かない。人に話しても解決することなんてないと思う、それよりも携帯のメモに打った方がよほど効果的だ。

 

私に男ができる前に、他の女と男の絡まりと解けについて散々聞かされた。嫌という程。だから恋愛というものに良いイメージがない。こんなに周りを巻き込んで、深夜まで通話に付き合わせて、で、うまくいかなければ相手に呪詛の言葉を吐いて別れ、うまくいけば、3万円を徴収され祝いの言葉を吐く必要がある。散々だ。女友達は自分のことを否定しないしいつまでも味方というけれど。否定しないというより興味がないのだろう。上の空。私も貴方も。

全然ポジティブな気持ちがないときに色々聞かされて、ただ消耗するだけになった。男と女の関係は、女の友人のタダ働きで成り立っている。