わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

年を食ったからって独りに耐えられるわけではない

会社で席替えがあってフロアが変わったのだが、これまで前にも後ろにも席があって眺めが良かった(目線を上げた時にぼーっと周りの人を眺められる感じ)のが、今回壁際になってしまい、部長とその奥の壁しか見えなくなってしまった。さらに奥の壁に扉があって給湯室につながっており、その奥の別の場所の執務室との近道になるのでよく人が通る。知っている人が通るたび、景色が壁じゃんと言われるのだがまったくその通りである。景色が壁。新しいビルなだけに、真っ白な、壁。

そして、なぜか時計のチャイムが鳴らない。朝も昼も定時もなんとなく過ぎる。みんなばらばらに昼に行く。営業メンバーが多いので日中は人が少ない。人に対して席数が多く、人数が増えても大丈夫だががらんとしている。前のフロアは全面的に執務室だったため、満席ではなかったがつねに人の気配があった。

組織変更で周りに知らない人が増えたのもあるが、仕事中無性にさみしいという感情が湧くようになった。仕事中にはまったくいらない感情。メンヘラ極まる残業中にでも思うならまだしも、平日の昼間に。

これまでは感じなかった強い孤独。こんなに強い孤独を感じるほどの変化があったとは思えない。環境の変化への適応度は低いほうだが、いくらなんでももうわりと大人である。かなり驚いている。

 

そんなことを考えていたら部署の人と雑談になり、ある人は一人で食事をするのが苦手だという。正確にいえば、一人でランチなどに出かけて飲食店に行くのが苦手。今日は一人で行ったが短時間でかっこんだ、と言っていた。

思えば部長も一人で行動するのがあまり得意ではないと言っていた。ロジカルで落ち着いた雰囲気の人なので意外だった。

わたしは自宅の次に富士そばが落ち着くくらい富士そばが大好きだし、すき家が近所にないことに怒りを感じざるをえないくらいすき家を愛している。毎月一人でカラオケに行かないと落ち着かない。旅行は友達とも行くが、深夜にワインを飲みながらやっぱり一人の方が楽しいな〜!!とか考えてしまう。十年来の親友だろうが、むしろだからこそ。

部長も先輩も20歳近く上だけれど、一人には慣れないという。年をとったら人といたいという願望は消えて穏やかな気持ちで一人で居られると思っていたがそうでもないらしい。男女の差があるのかもしれないが、あまり関係ない気もする。老若男女関係なく、一人でいられる人とそうでない人がいるのだろう。だから別に、待っていれば落ち着くわけでもないということ。

 

一人でいられる側の人間だと思っていたが、しかし。如何ともし難い孤独に、あと何日耐えるべきか。今度飲み会があるらしいので、そこでとにかく知っている人を増やす必要があるだろう。ハブられないといいな、と中学生みたいなことを思う。

孤独はこわい。孤独を耐えることはなんとかできるが(デイリーポータルZをひたすら読むとかで)、発作のように、フラッシュバックのように襲う孤独がこわい。こんな感情二度と味わいたくないのに、次いつ来るかわからないという恐怖。今を乗り切っても次があるかもしれない恐怖。こうやって随時戦わなきゃなんだよなあ、と落ち込む。それはもう、落ち込む。落ち込んでは、やっぱりメンヘラ治ってない!と絶望し、の繰り返し。自分のさみしさを認めるまでにも時間がかかったのに、いつになったらまともなメンタルを24・365で保てるようになるのか。

 

寒い季節は起きられなくて、起きろブスと自分に言い聞かせていた。セクハラのニュースを見て、どう切り返したら場が丸く収まってみんな楽しく終わるだろうと思う。自分で少しずつ自分の身を削っている。自分を大切にできないツケとしてさみしさと戦わなくてはならないのかもしれない。それならば、しばらくの間受けて立つしかない。