わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

あれ、もう、一人でいるのがそこまで楽しくない。

これまでずっと、一人でいることができる女になりたいし、誰かと交際するにしてもお互い一人で生きられる人がいいとなんども書いてきた。書いたときはほんとうにそう思っていた。ほんとうに一人で過ごす時間が一番好きだった。

しかし、この三連休を過ごし、少し風向きが変わってきた。

 

きっかけはいくつかあった。

とくに予定のない三連休だったので、どこか1日外に出てあとは寝て過ごそうと思っていた。この時点で相当に意識の低いOLだが、ふだんの週末は電車に乗ることがほとんどないため、外に出ようと思っただけましである。

土曜は気づいたら終わっており、日曜はいざ立ち上がろうとしてベットで2時間過ごすなど、平日の自分が震え上がりそうな時間の無駄を過ごし、なんとか銀座に向かった。池袋とか、行き慣れている街だときっとむなしくなってしまうから、なんとか有楽町線に乗って銀座に行った。

そこでしこたま買い物をし、食事をし、満足して帰ろうと思ったとき、ふと、意識の片隅に浮かんできた、あれ、一人楽しくない。と。

目当てのものは買えたし、親が支給してくれるというからちょっといいご飯を食べたし、電車も混んでいなくて、街も思ったより空いていて、何も悪いことはなさそうだった。財布の中に現金がなくなって手数料をかけて下ろす羽目になったが、まあそういうことはふだんでもあるのでそこまで苛立つようなことでもない。

それなのに、意識のほんとうに片隅、ずっと考えているんじゃなくて時折顔を出すような感じで誰かと一緒に来たいというフレーズが浮かんだ。しかも何度も。爆買いしまくっている中国人たちを眺めながら、日本人がいないユニクロ銀座三越を回りながら。

 

そして月曜日、明日は仕事だが明日さえ乗り切ればまた休みというこの日、趣味の一人カラオケに出かけた。無趣味なわたしの唯一の趣味で、ほぼ毎月のように行っている。高校時代の友達との同窓会みたいに同じ曲しか歌わないが、もうルーチンみたいになっている。

祝日にしては空いていて、祝日の昼間だしカラオケ行こう!となる人はそこまでいないことがわかった(学生は高いから休みの日は行かないですよね)。そこで淡々と、仕事のようにこなすように歌っているうち、また、おりてきた。

一人、べつに、楽しくない。

部屋がいつもより広かったからだろうか。なぜか鏡張りでどこを見てもわたしが映っていたからだろうか。自分でもよくわからないが、楽しくないという今まで味わったことのない感情が降ってきて、心の底から動揺した。なんで、こないだ会社で付き合いで行った二次会の方が楽しかった?

90年代の曲ばかり歌わされる、それでも新しいと言われる(生まれた頃の曲なのに)あの会社のカラオケ、知ってる曲は自分が入れたものだけという謎の環境でも、なぜあのときのほうが楽しかった?お酒が入っていたから?合いの手を入れてくれる人がいたから?

そうやって考えていたらどんどんマイナス思考になり、このあたりがわたしの悪いところだが、このカラオケ屋にまつわる昔のエピソードを次々と思い出した。フリータイムで楽しんでからバイトに行こうと思ったら開始時間を1時間間違えていてマジ焦ったとか。そこからバイト時代のことを思い出し、いくつも怒られたことを思い出し、仕事のことを考えて…………と無限ループにはまり、カラオケどころではなくなった。繊細過ぎかよという話だが、一人でいるときはたいてい過去の失敗を思い出して暗い気持ちになっている根暗なので、こういうことはしばしばある。しかし、カラオケの間にまで踏み込んでくるなという話だ。娯楽のない日々の唯一の娯楽に。

 

また今度旅行に行くのにどうしよう。旅行中に孤独の辛さが襲ってきたら。言ってしまえばこれまでも襲われたことはあるしひとり旅は結構さみしいのだが、さみしさに自由が勝ってきたのだ、これまでは。とくに旅行のように誰かと行くと少なからず行動が制限される場においては、一人の自由さは実感しやすい(駄々をこねている子供を見ると余計に)。非日常でテンション上がるのもあるし、一人で知らない土地を歩いている俺、無敵感も味わえるし。

でも、地元のカラオケ、もう何度も行って店員の顔を覚えそうなカラオケにおいてわたしはさみしい。一般的に人と行くものだからかもしれない。同じくバイトの顔をほぼ把握している富士そばで孤独は感じなくて、逆に落ち着きと幸せ、孤独のグルメ吉田類、そんな感じがする。

 

複数人で行くことが多い場所においてあえて一人でいること、銀座もカラオケも旅もそうだけれど、あえて一人で行くこと、そこに感じる喜びはもう尽くしてしまったのかもしれない。旅行の計画を立てるたびに、次一人で行きたくなくなったらどうしようと思ってきた。いまはテンション高く航空券を探しているけれど、行く段になってめんどうになったらどうしようと。まだ一人で旅行するようになって1年しか経たないのに、もうしんどくなってきた。早い。まだ行っていないところも見ていないところもたくさんある。とくに行きたいところはないが行くべきところはあるはずだ。どうしよう。

 

じゃあ誰かと行けば。

それだけの話なのだけれど、じゃあ誰と?となってしまう。高校の友達?いまさら旅行するような仲でもない。大学の人?もう一度連絡を取りたい人はいない。家族?5年くらい泊まりで出かけていないし父が短気すぎてかならず喧嘩になる。男?あと何年かは何もなさそう。

 

わたしはさみしいときに連絡する人も、旅行に行きたい人もいない。カラオケだって思えば一緒に行きたい人はいない。会社のカラオケみたいに盛り上がる人はいない。いたけれどみんなわたしから切ってしまった。後悔はしていないが、いまなにも残ってないのだとは思う。

 

一人でいる時の圧倒的な孤独。それは誰しも訪れるもので、耐性の問題じゃないかと思う。耐性がない人はとたんにさみしくなるんだろうし、わたしはわりと強い方なので3日までは耐えられる。そんなに強くないか。だから三連休は嫌いなのだが、仕方がない。人を誘ってどこかに行く、そのハードルと、孤独と戦いながら一人で過ごすこと、それを天秤にかける時が来たようだ。まだ23歳なのに。あと10年くらいは一人を謳歌したかった。

 

逆に、一人耐性をさらに強めるという策もある。一人で海外行くとか。まあ一人で海外行く人は実際現地で色々出会ってますからね、ほんとに1,2週間誰とも話さないとか、アマゾンの僻地とかに行かないとないでしょう。独自の生態系!!みたいなところ、一度は行きたいけれど。

どうにせよ、何か策を打たないといけないような気はしている。これまでこんなに一人が好きだったのに、急にこんなに考え込むなんて。自分という人間が定まっていないことにめちゃめちゃな不安を覚える。大人、どうやってアイデンティティを確立してる????ということが最近マジな疑問になって来た。この歳になれば落ち着いて悩みも減ると思ったのに、質が変わっただけで量が減らねえ。なんなら質もそこまで変わってねえ。もういつになったら考え込まないで過ごせるんですか。ブラックにでも勤めますか。ひたすら内側に向くこの思考の時間、飲食店とか電車とか信号とか打合せの人が揃うまでとかの待ち時間並みに無駄じゃないですか。早く辞めたい。

早くここから解放されて一匹狼になれれば楽なのに。キャラが確立すれば楽なのに。自分が男になったり女になったり、どちらでもなくなったり、子供になったり大人になったり、忙しいし気持ち悪い。女の大人として確立したらそこがゴールなのか?というとまた別な気もするけれど。一人がさみしいということはすなわち、わたしがまだ液体状だということであり、そのことを自覚させられるのがもっともつらいこと。

 

大人、どうしたら大人になれるか教えてくれー!でもそういうことぺらぺらしゃべってくるような大人、わりとなりたくないし不愉快かもね。