わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

旅行記を書く気持ちを一瞬で失った

長野県より戻ってまいりました。

一人旅から帰るとき、いつもはやっと帰れる…という気持ちになっていることが多く、一人でいろいろやることにたいていは疲弊しているのですが、今回は帰りたくないと強く思いました。子供の頃、おばあちゃん家から帰りたくなくて改札で泣き叫んだあの頃を思い出す。

 

昨日も書かなかったのだが、実はゲストハウスに泊まっていた。

ゲストハウス、というとお金がない学生とかバックパッカーといったイメージを抱く人が多いかもしれないが、ふつうのOLもサラリーマンもいるし、家族づれも老夫婦もいる。様々な境遇の人とざっくばらんにいろいろ話せるというのは、魅力の一つだと思う。

一人旅でホテルに泊まっていたときは、一人で来ているのがなんとなく後ろめたくて?恥ずかしくて?部屋からさえ出なかったのだが、今回は知らない人と飲んだり、恋愛トークしたり、かなり交流した、当社比ですが。

 

その中で、仕事をしていたけどやめてこのゲストハウスで働くとか、移住を考えているとか、東京にいたら絶対に会えない人、わたしには思いつきそうもない価値観の人と話すことができた。いつも上司と壁しか見えない狭いオフィスで、人間味のない高層ビルで仕事をし、多くても1日に10人程度としか会話をしない、日常。ふつうのOLなんてそんなものかもしれないけれど、たまの連休を使って少しバスに乗れば、全然違うことを考えている人がたくさんいる。それがたまらなく面白かった。

 

・・・というような話を書こうとしていたのだが、知らない人と飲んで新鮮だったという話を親にしたら、あんたまでそういう考えに感化されたんじゃないよね?ちゃんと働くよね?と言われた。

 

なにそれ。

 

どこから書いていいのかわからないが、完全な侮辱である。わたしのことはいいけれど、新たな決断をしたあのお姉さんに対する侮辱である。

 

わたしの親はいわゆるバブル世代で、母親は結婚で仕事をやめている。父親は典型的な仕事人間で、わたしは素面の父親の30代をほとんど知らない。素面で家に帰って来たことはなかったし、わたしが起きている時間に帰って来たこともほとんどなかった。酔っ払った父親は怖くて、異物としか思えなかったし、いまでもそう思っている。

そういう時代背景が関係あるのかないのか、ゆとりでまとめられるのが嫌だからバブルとかロスジェネとか言ってはいけないのだけど、女は結婚して仕事を辞めるべきとどこかで思っているのだろうな、ということは伝わってくる。母親は、自分が仕事をしないで好きなことだけして生きているので、仕事をしないと、共働きでないと生計が厳しい人たちのことがわからない。稼いだお金を保育園に使うなら専業主婦をやればいいのに、仕事は子育てからの逃げだと本気で思っている。全員が専業主婦になってもいいように政府が資金を援助すればいいのに、と。

こういうことに対していちいち反論するのも面倒だけれど、おそらく自分の娘もいずれ結婚し、他人のものになり、子を産んでワーキングマザーとして職場復帰すると思っている。娘は仕事から逃げる側の人間だろうと思っている。

 

話がどんどん逸れているが、ふとしたことで母親の考えがにじむとき、わたしは吐きそうになる。母親が望む子どもとして生きてきた。べつに母親が怖いわけでも好きなわけでもなくて、そっちのほうが楽だからだ。子どもの頃、友達が遊ぶ時の行き先をごまかしているのも、小学校での出来事を親に話さないのも不思議だった。話したほうが親に信用されて結果としてルールがゆるくなると思っていたからだ。その通りいまでもわたしは休日の行き先と帰る時間を母親に報告する。言わなかったのはこの間男の子と吉祥寺に出かけた時だけ。

 

話がさらに逸れているが、たとえば母親にとってわたしが一般企業での仕事を辞めて諏訪のゲストハウスで住み込みスタッフとなることは、そっち側なんだろう。このは、定義はないけれど確固たるもので、母親は娘が境界線を超えることを許さない。口では夢を応援していると言いながら、実際は親が理解できる範囲にしなさいと思っている。表向きは娘のためという体で。吐き気がする。どうして、そうやって簡単に向こう側の人たちを侮辱できるのか。そう、上にも書いたけれどこれはわたしに対する以上に、わたしが話したあの温かい人たちに対する侮辱なのだ。

 

諏訪にいた人たちが皆、怠惰で、感化されやすくて、逃げてきたわけではない。わたしにとってはむしろ、地域のつながりが強く、決して便利とは言えず、娯楽も充実しているわけではない諏訪で暮らすほうがずっとずっとしんどいように思える。みんな満員電車が嫌だと言っていたが、わたしは全然平気だし、好きなほうだと思う。そうやって得手不得手があって、なんとか得手のほうで食っていければいい。そういうことじゃないか。わたしは入れ替わり立ち替わり知らない人と話すなんてずっと飲み会みたいでぜったいに気疲れするから、ゲストハウスでは働けない。方向性の違いであって優劣はない。

 

母親は自分が一番好きなことしかしていないのに、どうして好きなことで生きていこうとする人たちに冷ややかになれるのだろう。ユーチューバーが裏でとんでもない苦労をしていると知った時に喜ぶのはなぜだろう。これは一般的な話として、好きなことで食っているんだから苦労しろという風潮はあるような気がする。そんなこと見知らぬ他人に呪われなくたってみんな苦労しているのだ。

 

わたしは新卒採用された会社で、正社員で、総合職で、優秀だと言われながら働いている。中高は私立の一貫校に通ったけれど、高校のとき運良く補助金が出てほとんどお金がかからなかった。大学受験は塾に通わなかった。お金がもったいないと思ったから。大学に行く費用ももったいないと思ったので、奨学金がもらえるところを狙った。いまわたしの口座には、使っていいのかわからない4年間の奨学金が眠っている。わたしの1年間の貯金の倍くらいの額。全然苦労しないでもらったお金の、半分が、社会人になってむりやりに貯めたお金。

はたからみれば優秀で親孝行かもしれない。ちなみに関係ないが弟も現役で国立大学に通っているので、まあ自慢のきょうだいかもしれない。実際そう言われて母親は鼻高々らしい。主婦のマウンティングもたいへんである。

でも、わたしは、全然うれしくないし、幸せでもない。優秀と言われることなんて、他のすべての素晴らしい個性の何分の1か、何十分の1かの価値しかないと思う。それは、他人基準の勝ちだからだ。誰かと比べて優秀、クラスの中での成績が上位、そんなことすぐどうだってよくなることだ。わたしにはお金はかかっていないかもしれないけれど、べつに就職先だって一流じゃない。高校時代の同級生には厚生労働省だの内閣府だのがうようよいる。上を見たらきりがない。

 

大学時代から趣味がなくて、休みの日を無為に過ごさないためにバイトを入れまくって、気づいたら自分の価値みたいなものが見出せなくなっていたわたしが、唯一はまったのが一人旅と言ってもいい。

初めのうちは一人で外に出るのも怖くて、日が沈む前になんとかチェックインすべく努力していて、逆に食事が付いている高級なところに泊まったりして、そこで孤独感に負けたりして迷走していたが、ゲストハウスとの出会いによって変わった。倉敷に行った時も鎌倉に行った時も勇気が出せなくて自販機のパンをかじっていたわたしが、今回諏訪でなんとか他の人と交流することができた。それがすごくすごく嬉しくて、帰りのバスで次の予定を立てたほどだったのに。盛り上がっていたすべての気持ちを否定されて、底に埋まっていた親への抵抗感を呼び起こされたような感じ。ほんとうは詳細な旅行記を書いて、旅行に役立ったグッズやゲストハウスの選び方など、一人旅に迷っている人に向けての記事も読まれるかわからないけど書こうと思っていた。ブログをちゃんとやろうと思って手始めにタブレット用キーボードを買った。ちなみに打つスピードはそこまで変わっていない。

そうやって自分のテンションを上げて、このために仕事もちゃんとしなきゃだよな、と思ったのに。

奇しくも、「ちゃんと仕事をしている大人」という点で親の思い通りになってしまっているが、わたしが仕事をするのは世間を満足させるためでも、親をマウンティングの頂点に持って行くためでもない。狭い意味ではお客さんのためであり、会社のためであり、わたしを採用してくれたすべての人のためであり、就職活動を応援してくれた友達のためであり、そして広い意味で言えばまたきてねといってくれたあの人たちにまた会うためだ。

そのなかに親への感謝が入るかと言えば、ない。親には特に感謝していない。勝手に産んでおいて感謝しろとは!!!と思ってしまう。家を出たら援助してくれなくていいから介護の費用は出さないからな、と言ってある。家に入れている生活費はなんとしてでもすぐ使い切れと言っている。結婚するときに返してくれるなんて、娘の貯金能力を信用していないとしか思えないし、溜め込んでるなら別の有益なことに使えたかもしれないし、何よりそのお金は母親の家事労働に対する賃金である。返されてさらに恩を売られても迷惑でしかない。

 

散々書いているが仲は良いし毒親ではないと思う。でもだからこそ悩むこともある。毒親というほどではないからこそ手放せなくて苦しいこともある。

旅の話のつもりが胸糞悪い親子の話になってしまったが、明日から長野のプレゼンをしようと思います。なぜならGW中毎日更新を目指しているから。