わたしの人生語呂合わせ

OLの穏やかな思考

自己肯定感の低さと自虐との関係について

かなり衝動的な人間なので、思い立ったが吉日のとおり、思い立ってから動くまでが異様に早いときがある。いまは家にあるCDを売るためにiTunesにとりこみたいが家のパソコンが古いので、できるかどうか確かめたい衝動に駆られている。しかしこれは始めてしまったら長い。たぶんiTunesはうまく立ち上がらないし、思えばミュージックだけ同期は弟のサーフェスに取ったかもしれない。となると弟の帰宅を待つしかないが、おそらくわたしが寝た後に帰ってくる。解散!

欲望が簡単に満たせる現代の都会にいると、欲しいものやことが発生してから消えるまでのサイクルが短く、そして毎日のようにいくつも発生する。ベッド下の収納が嫌いだから無くしたいだけの話なのに、iTunes検証にまですぐ飛んでしまう。まあ、ベッド下にCDが大量にあり、処分するには売るか捨てるかしかなく、でももったいないのでiTunesには取り込んでおこう!ということですが。中学生のときはインポートとか全然苦じゃなかったけど、いまは家でPC使うのが流石に手間すぎる………。

初めてiPodを手にしてから10年。音楽は聴き放題の時代になりました。あんまり音楽に興味はないのでありがたいこと。CD過激派の人はわたしの代わりにインポートと同期を頼む。

 

冒頭関係ないことを書いたけど、きょうはまたアルテイシアさんの連載に感動した話。あと、ここ数年悩んでたことの一部が解決した。

これね。とくにこの部分。

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この連載は基本無料で読めるので貼りますが、有料になるようだったら消します。

自己肯定感の低さが恋愛偏差値の低さ(さらにだめんずに引っかかる可能性の高さ)と言われることは多々あって、自己肯定感の低さという話は恋愛コラムでは度々出てくる。だから自分に自信を持とう!そのためには服とメイクと行く場所を変えよう!というのが数多ある恋愛コラムとか恋愛本が言っていることだ。わたしもこういった本を読みあさっていた頃はなるほど俺の話だな?と思っていたが、時間が経っても自分が自信満々になることはなく、ますます落ちていくばっかりで、完全に落ちないように調整するのがうまくなったくらいで、明るくはならなかった。

しかし、自己肯定感の話が関係ないとなれば、というか別のところに原因があるなら、話は別だ。わたしはまったく関係ないところであわあわしていたのかもしれない。だめんずでも引っかかりたいけど、もはや。

 

原因を探るのって別に未来の幸福につながっていないけど、あえていうなら姉気質だからだと思う。一人でできることのほうに価値を置いているので、たとえば荷物を持ってもらうとか、予定を決めてもらうとか、何かしてもらうことがものすごく苦手。相手がかなり年上とか、相手の得意分野(仕事でわたしがわからない打合せに同席してもらってコメントもらうとか)ならまだ素直に甘えられるけど…。だから、女慣れしていない男の子はかわいいけど、きっと面倒をみてしまって関係が深くはならないと思う。というより、自分でシャットアウトしちゃうんですよね。

それでも最近、かなり腰が低く?なってきて、やっとそれなりに人間になったな〜と思っている。モテ本目指すのってやっぱりしんどいですよ。非モテは上がれる階段から上がってこうな。

 

自己肯定感の低さを食い物にしてるモテ本界隈では、自虐をするな、芸人になるなということがよく書いてあって、いまだに芸人になってしまうわたしには非常に痛いのだけど、芸人だってサービス精神ってことをわかってほしい。

みんなを楽しませたいから、誰も傷つかないネタで自分を傷つけるっていう、サービス精神と自己防衛がごっちゃなのが自虐なのですよ。何年も自虐してると息を吸って吐くように言えるようになるから、もう自分は傷つかなくなる。芸人ってそうでしょう。ブスとか言われてもべつになんとも思ってないはず。

だからって、場を白けさせるほどの過激な自虐はダメで、それは当初の目的を逸してるから。みんなのエンタメでありましょう。

 

何が言いたいかというと、自分の欠点をなんでも自己肯定感のせいにすんのやめようということであり、自己肯定感という都合のいい言葉は原因にはなりうるが未来は作ってくれないという当たり前の話である。暗い青春を過ごしたみんな、これからは幸せになろうな。幸せになる第一歩、自分を支えてくれる周りの人に目を向けることで、それって自己肯定感うんぬんから離れることかもしれない。

 

根拠のない自信とか思い込みとか、そういうこと考えてる時間がくそほど無駄。断捨離でもして心を洗おう。